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2006年04月04日

第81回 江戸時代の食事

質問:  昔の食事は貧弱か?


ANDYさんの回答: 新聞の記事で、江戸時代の食事を研究している食研究家を紹介していた。 さて、食事にかんしては、流通システム、保存,加工の点から考えて、現在の食事よりかなり貧弱ではと言う一般的な考えをくつがえす記事を紹介します。 その中で重要な都市、東京(江戸 東の京で 東京と表現されることになる)大阪、そして 京の都 京都の食生活を紹介している。 京都は若狭湾という 海を保持するが、都までは、かなりの距離があり、魚にかんしては干し物が一般的で、鮮魚を食べる習慣が無いにひとし生活であったようだ。あったとしても塩辛のような物が普及していたようです。


それだけに 野の物、特に野菜 大根と大豆を利用した野菜料理が最も重要視されていたようです。 大豆にかんしては、豆腐料理がもっとも普及し、精進料理の元を作り出すことになった。  京の都は仏教の都でもあり、菜食が一般的で、精進料理は京の自然を理解した上で、もっとも重要な料理である。豆腐料理が京都の大切なタンパク源であったことは自然に考えがつく。また 川魚料理が自然に普及した理由も理解できる。では大阪は 瀬戸内海が目の前にあり、白身の魚を好んで食したとある、タイ 明石の鯛はその中で献上されたようです。

鰻料理 マムシも大阪の歴史の料理です。鰻をご飯の真ん中にはさみ、むす。真ん中で蒸すで、まむしと名付けたようです。 大阪は豊富な鮮魚を、刺身、焼き物、煮物など豪快に食を堪能する食生活をしたようです。 魚介類を豊富に入手できる環境は裕福な食文化を築き、今現在でも 食の大阪といわれる起源があるのが理解できる。江戸、東京は 大阪の白身にくらべて、赤身 マグロや鰹(かつお)を重要視し、醤油味を好む。一般的に単身族が多く 出稼ぎ族が多いのは今も同じではないだろう。独身族の忙しい生活の中から生まれた料理がどんぶりだった。アサリの深川丼など、今もって、その名前が引き継がれている。前書きが長くなったが、現在の食事は西洋化がすすみ、過食と高カロリー食が身につき、時代の食悪化が深刻化しているのです。

アメリカは手術件数で二番目に多いのが心臓のバイパス手術なのです。この原因は食事。 食事が西洋化し、量の食事、高カロリーの食事では健康を害することになるのです。 では何故今、江戸時代の食事を研究する必要があるのでしょうか。 京都の食生活とは海鮮物少なく、冬には雪と寒波のために食材が少なく 物を大切にし、節約することを身につけていたと紹介されています。そして 少量の料理で、目で楽しむ事を教えたようです。そして自然の恵みに感謝し、調理する人への感謝を身につけたのです。 では 今現在の食事を 白身魚、野菜、豆腐料理や、ご飯類の少量食事方法で、目からたのしむ料理で、感謝をして食すれば、人間健康になれるのではないでしょうか。 時間に追われ、ストレス、過労、ファーストフードを数分で食べ、コンビニのパックを夕食にする、飲み物は砂糖が多量にはいったドリンク、食べ放題の焼肉と化学調味料いっぱいのバッフフェでは、健康な体を構成できないのは理解できますね。 週一回の贅沢は良いとして、毎日の食生活は基本を忠実に、 一に野菜、二ご飯類、三に魚、四、五が無く、肉類や卵 飲み物はやはり、水を中心にお茶などが望ましいです。 歴史を解いて、未来を構成しては、   

食学のすすめ ANDY

投稿者 admin : 2006年04月04日 01:28

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