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インタビュー・デザイン・文:伊賀奈 直子

――小さい頃はどんな子でしたか?

慧岳夢中さん いつも外で遊んでいる活発な子供でした。 でも、絵を描いたり模型をつくったりして、美術関係にも興味がありましたよ。鉄道模型やプラモデルが好きで、 小学校2、3年の頃から一人で電車に乗ってましたね。5、6年生になると、島根から東京まで寝台車で行ったりしてました。今でもそうですけど、放浪するのが好きでしたね。(笑)

小学校を4回転校しているからか、今でも引っ越しグセがあります(笑)。生まれは島根ですが、東京、千葉と引っ越して、小学校6年の時に島根に戻って来ました。青春時代はそこで過ごしたので、ぼくの中では島根県の松江市が自分の故郷と感じます。 そういえば、小学生の頃水泳を習ってました。学校が終わった後、毎日スイミングスクールに1時間半かけて通い、夜の9時10時頃に帰宅。夜はすぐに寝て、朝6時頃に起きて宿題をするという生活でした。何だか、朝早く起きて座禅して、夜は仕事から遅く帰って来て寝る。という今の生活と似たようなカンジですね(笑)。

――日本を飛び出した大きな理由

慧岳夢中さん  教育や社会のシステムが自分に合っていないと感じていました。ぼくが日本を出た当時は、自由というものへの憧れもありましたね。自由の象徴といえばアメリカでしたから。(笑)あと、アメリカで好きなアートの勉強がしたかったからです。

――アメリカに来たきっかけは?

慧岳夢中さん ぼくの姉もそうですが、交換留学をしていましたから、うちにはよくアメリカ人留学生が来ていました。小学校の頃から親の方針というか、英会話教室に通ってました。その頃は、英語がそんなに得意でもなかったのですが、何故か中学2年頃に、急に得意になりました(笑)。そのような事もあって、アメリカもいいかなぁ?と思う様になり、これも今思えば何か導かれていたんだなぁ、と思ったりしますよ。

――アメリカではLAエリアに長く住んでらしたそうですが、その頃のお話を聞かせて下さい。

慧岳夢中さん 大学を卒業後5年間は、グラフィックデザインのアートディレクターとして、映画のポスターなどを作ってました。フルタイムで働いたのは最初の1年だけで、その後はフリーで働いていました。

――夢中さんが作ったポスターを教えてもらえますか?

慧岳夢中さん 映画「True Lies」, 「Frankenstein」, 「Small Soldier」, 「Thin Red Line」 とか作りましたよ。 5年ほど働いた後、ポスターを作る仕事に次第に魅力を感じなくなってきました。 自分の何処かに、もっと人の役に立ちたい、という気持ちがあり、その意味ではポスターデザインの仕事は、少し違うと思ったんです。デザインする事自体はサービス性があり、ある程度人の役に立つと言えば言えるんですが、ポスター自体にはぼくが求めるメッセージ性はないですね。ですので、デザインやアートといった自分に与えられた能力を生かすのであれば、もっと人の役に立つような事ををしたいなと思いました。 "奉仕"というのは、子供の頃から思っていた事です。例えば、社会問題というか環境問題について、学校で触れる度に、何とかならないものか、何とかしたい。と心を痛めてましたね。(笑)

――他にすることがあって、デザインの仕事を辞めたのですか?

慧岳夢中さん いえ、ありませんでした(笑) そういうカンジで、デザインの仕事は何となく段々と終わりになっていきました。 その後は、仕事として何をやっていたかはあまり覚えていません。(笑)まぁ、デザインもあり、その他の仕事もあり、いろいろやっていけてたんでしょうね。 1999年から1年ほど日本に帰国しました。富山世界野生映像際をプロデュースする仕事です。 そこで出会った太田さんからは、色々な事を学びました。(後述参照)

――お坊さんになったキッカケというか、経緯は何だったんですか?

慧岳夢中さん ぼくの師匠である、柿沼忍昭和尚(かきぬまにんしょう)との出会いですね。 2003年当時、ぼくはハリウッドで寿司職人をしていたんですけど、そこのマネージャーの従兄弟が忍昭師匠とアメリカに来てました。忍昭師匠は、地蔵の絵を描くアーティストでもあり、アメリカで個展をやりたいということで、オーナーの方から「アートだったら、カズなんとかならないかい。」と、ぼくに紹介されました。 それでサンフランシスコ禅センターで、2003年5月に、柿沼和尚の"地蔵展"をぼくがプロデュースしました。


本名、松根和彦。1968年7月7日島根県安来市生まれ。幼い頃から引っ越しを繰り返し、東京都、千葉県で小学校を4回転校する。中学、高校は島根県松江市で過ごす。高校卒業後アメリカに留学。アイオワ州立大学で3年間美術を専攻した後、California Institute of the Art にてグラフィックデザインを専攻。卒業後の4〜5年間はハリウッド映画ポスターのデザインを手がけるアートディレクターとして活躍。フリーランスアートディレクター、また自分でデザイン会社も設立。その後は映画のプロダクション、貿易など数々の分野で職を転々とする。1999年8月から2000年7月まで日本に帰国し、ネイチャーフィルムネットワークのプロデューサーとして富山野生映像際ジャパン・ワイルド・フェスティバルーをプロデュースする。その後ロスアンジェルスに戻り、ハリウッドで寿司職人として方向の転換をはかる。2002年10月8日に突然スピリチュアリズムにめざめ、数々の超能力体験をとおし、以来ヒーリング、チャネリング、リーディング、カウンセリング等の活動を続ける。2003年1月に現在の師匠である柿沼忍昭氏に出会い、サンフランシスコ禅センターの存在を知る。5月に禅センターで10日間のゲストスチューデントプログラムをし、初めて“禅”を体験する。同11月には忍昭和尚の個展“地蔵展”を禅センターギャラリーでプロデュース。2004年4月にサンフランシスコ禅センターに入居。正式な“レジデント”として毎朝の座禅、作務につとめる。5月には忍昭和尚の1日個展をプロデュース。日本食レストラン“美奈子オーガニック”でシェフとして勤めた後、現在はベジタリアンレストラン“グリーンズ”でシェフとして活躍中。成人になっても引っ越し癖は消えず、年平均1回〜2回の引っ越しを繰り返す。2004年1月から4月まではロスアンジェルスーサンフランシスコの両レストランで働き、毎週飛行機での通勤もした。2004年9月に帰国し、師匠が出家した同じ日に得道式(出家)をする。日本でも横浜、福山などで、ヒーリング/チャネリング会などを通して、人々の相談を聞く“奉仕”の活動をする。見えないものを精進料理の“食”、忍昭師匠の“アート”といった“形”で体験しながら、禅の教え、“生き方”を人々に伝授中。 サンフランシスコ在住。

――禅センターや、夢中さんの部屋にもいくつかりますけど、忍昭師の地蔵の絵は超カワイイですよね。だけど最初は、お坊さんになろうとしての出会いではなかったんですね。

慧岳夢中さん そうですね。でも、まぁ、それがぼくにとって初めての正式な禅の僧侶という人との出会いでしたね。 会ったらすぐ師匠とは意気投合しまして、本屋で鈴木俊隆師の本を勧められました。(注:鈴木俊隆師はサンフランシスコ禅センターの創設者)それで、サンフランシスコの禅センターのことを知りました。その時、師匠の個展の会場を探していましたが、禅センターにギャラリーがある事を知り、師匠の個展を禅センターで開く事ができたのです。 1950年頃、禅ビートというムーブメントがありました。これはアメリカの豊かな時代に、禅のおしえをとおして、環境問題や精神性を真剣に考える人たちの動きです。このムーブメントが始まったのが、サンフランシスコでした。ですから、実は禅とサンフランシスコは密接な関係があったんですよ。忍昭師匠は、禅ビートのジャックケロアックが書いた「Dharma Bums」と言う本を読んで、サンフランシスコに出家前の二十歳の時に来てます。だから思い出のあるサンフランシスコ、そしてあこがれていた禅センターで個展が開けたということを、師匠はとてもよろこばれました。ぼくもそれをお手伝いできた、実現したということはとても嬉しかったです。

そんな経緯で禅センターの存在を知り、10日間のゲストスチューデントプログラムに参加しました。 朝は5時に起きて、30分の座禅を2回して、お経をあげる。日中はセンター内の仕事を手伝って、夜40分の座禅を一回する、という日課です。それが、すごく落ち着いて気に入ったんです。前から、自分で座禅をしてみたりしましたが、禅センターは自由で、もちろん仏教ではありますが、宗教っぽくなく、自主性を尊重するスタイル、そしていろんな人が出入りしているというのが面白いと思いました。こういうのもいいなと思いました。

――師匠との出会いの前から、僧侶になることに興味はあったんですか?

慧岳夢中さん 僧侶になりたい、ともなりたくないとも思ってませんでした。でも、4,5年前に「坊主はいいなぁ。」なんて言ってた事があるんですよ、冗談で。(笑) 子供の頃アートが好きだった、そして大人になったらアートディレクターになった。とか、子供の頃英会話を勉強してたから、アメリカに来た。というのと一緒で、”導かれた”、”なるべくしてなった”、”なるようになった”という気がします。何となくなるような気がした、という感じですね。

――出家されたのは何故ですか?どんな風に?

慧岳夢中さん 2004年9月18日に鎌倉で忍昭和尚とお会いしました。女性僧侶の高杉嵯知さんという方も同席してました。彼女は「銀河観音」という絵を描いてらっしゃるアーティストでもあります。 忍昭和尚から、彼女の個展を是非禅センターで、ということになりました。このお話があったのが、藤井宗哲さんという僧侶で有名な精進料理人でもある方の不識庵(ふしきあんー宗哲さん宅兼お寺)でした。前から、和尚に「あなたは坊主になったらいい。」とか、他の人からも、「あなた坊主顔だから、坊主になりなさい。」と言われました。その日も宗哲さんに、「君は、本当に坊主の様な顔をしているから、坊主はどうですか?」と言われました。すると忍昭和尚が、「実は、今日はわたしの誕生日(得度した日)です。」とおっしゃっいました。そうなると、「師匠と同じ日に出家なんてすばらしいじゃない。」と、嵯知さんもすごく感動されました。他にもいろいろな状況が揃っていました。得度式というのは、僧侶が3人同席するとできるんですが、ちょうど忍昭師匠、宗哲さん、嵯知さんと3人の僧侶が揃っていて、更に、得度式に"絡子"という物を首からかけるのですが、それも忍昭さんが誰かの忘れ物の絡子を持っていて、下さいました(笑)。こういう風に、すべての状況が用意されていたので、こう言う事なんだな。と思い、鎌倉のビーチで得度式をしました。(笑)

――”チャネリング”について教えてください。一体、何時からそう言う風になったんですか?何故ですか?

慧岳夢中さん―番最初はダリルアンカの"バシャール"という本を読んだことです。ダリル・アンカというひとが、バシャールと言う存在意識とチャネリングするんです。面白かったので、うちのアパートでも出来ないかと思い、電話したらダリルアンカが来てくれました(笑)。友達10人くらいを集めてセッションをしました。

――すごい、面白いですね。どうでしたか?

慧岳夢中さん おもしろかったですよ。彼はチャネリングすると、トランスして突然変わるので・・。 冗談もいうし。(笑) 日本人の友達何人かのために、同時に訳してたんだけど、それってチャネっていることと同じことなんですよ。そう言う事から、始まりました。

――チャネリングとは何ですか?

慧岳夢中さん エネルギーを感じる、エネルギー合わせること。 自分が合わせたいエネルギーに波動を合わせる。 例えばテレビだと、自分が観たい番組にチャンネルを合わせるでしょ? それと同じ様に、そうすると見たいものが見えたり、感じたりします。コミュニケーション手段の一つですね。

――エルビスとは何でしょう?

慧岳夢中さん チャネリングでメッセージをくれる、存在意識です。名前はあとから便宜上ついたものです。読む人に分かりやすいように、名前を付けました。 エルビスのメッセージは簡単に言うと、ひとつです。それは「全てを受け入れなさい。」ということです。それは愛ということもできます。愛は全てを受け入れることだから。でも、恋愛と言う風にとられてしまうかもしれないので、やはり、「受け入れる」と言う方が合ってますね。

――エルビスのメッセージを発信するのは、どうしてですか?

慧岳夢中さん "奉仕"ですね。エルビスのメッセージを読んで、喜んでくれる人がたくさんいます。ぼくも含めて、エルビスメッセージに支えられることが多いです。そう言う意味では、ぼくは自分の為にやっているとも言えますね。メッセージを発信する事によって、幸せになったり、感動したりしてくれる人がいるということが、ぼくにとっても幸せなんです。

――夢中さんの人生に影響を与えた人を3人教えて下さい。

慧岳夢中さん まず、言うまでもなく忍昭師匠ですね。 それから、野生映像際でお世話になった太田さん。人生、生き方、仕事、色々な事を学びました。彼の持つフィロソフィーに禅に通じるものがあると思います。やはり奉仕の心。そして、いつも楽しんでいました。人との付き合いについても、真摯な態度や真剣勝負なところ等、勉強になりました。 あと、二人になりますが、両親です。父とは全く逆のコトをしましたね。反抗してたのか、父親の様になりたくないと思っていたんでしょう。結局、同じようになりましたが、(笑)母からは、料理に関する影響を受けました。

――座右の銘

慧岳夢中さん あるがまま:All we need is Love. そのままです。そのまま素直だ。この地球上の動物で、あるがままでないのは人間だけです。 もうひとつは「大丈夫」です。「あるがまま」で行けば「大丈夫」です。

――夢中さんの1年後は?

慧岳夢中さん 分からないです。わからないから面白いんだよね!(笑)

――じゃぁ、10年後も・・・。

慧岳夢中さん これも、分からないですね。でも大きな流れは分かりますよ。 それは、ぼくの"奉仕"という役割をもっともっとやっていく。それはどういうカタチになるか分からないけど。料理かもしれない、違う事かもしれない。

――夢中さんの夢は?

慧岳夢中さん 一般的にいう夢や目的はないです。ないと言う事にしておきます(笑) それは、今という瞬間に集中したいからです。目的意識を持つと、ゴールが気になり、プロセスがどうしてもおろそかになってしまいがちだからです。ですから、夢を持たないというわけではありませんが、現在に意識を向けていたいですね。そうすると自然と夢や目的に意識が向かなくなる訳です。

――今後のワークショップについてお話し下さい。

慧岳夢中さん とりあえずは、精進料理を通して、生き方を体験してもらいたいですね。

――どういう生き方でしょう?

慧岳夢中さん 精進料理とは、「あるものを使う」「素材の旨さを活かす」という教えです。また、「工夫」というのを要求される料理です。例えば、あるものを活かすということは、旬のモノを使うということですが、旬のものは毎日食卓にのぼります。飽きないため、無駄にしないためにも「工夫」が必要になります。そうすることはつまり、素材を「大切にする」という姿勢であり、生き方ですね。つまり料理技術だけでない、哲学がありますよね。

――どんな人が対象になりますか?

慧岳夢中さん ご飯を食べる人が、取り合えず対象かな。(どんな人でもです。) アメリカ人には、料理を通して"禅"に触れて欲しいですね。 日本人の方たちには、良い伝統的な日本文化を再発見して欲しいです。精進料理を作った事のない方が殆どだと思うので。 同じ事をしていても、アメリカの方と日本の方では受け止め方が違うでしょうね。

――日本を飛び出してアメリカで頑張ろう!という若い人達に一言お願いします。

慧岳夢中さん 何処にいても同じですね。 何処にいても、何処に行っても自分がいつもいるのは「ここ」という場所です。もし、何か変えたければ自分が変わるしかないですね。とすると、日本にいようが、アメリカにいようが結局一緒ですね。

――海外からみて現在の日本をどう思うか?

慧岳夢中さん  不安定だけど面白いね。不安定な中でいろんな事が起きてるけど、エネルギー的に見ると 、安定に近付こうとしている過程の一つです。災害、事件、事故など起きてますが、大きな流れでいくと、安定に向かう為の浄化作用ですね。最近、日本に帰りましたが、日本人は素直な人が多いなぁと思いました。素直だからこそ、負のエネルギーを受けると、それを出してバランスを取らないといけないですね。

――日本を飛び出したい人へのアドバイスをお願いします?

慧岳夢中さん 目的意識を持って来た方がいいです。来れば何とかなるわけではないです。何をやるか決めて来ないとね。この国は、やろうと決めてやる人に対しては、いろんな機会がありますし、やれるシステムがあります。だから、目的意識がない人には何かが起こりにくいと思います。

――最近の近況、今後の予定

慧岳夢中さん  精進料理を通して、生き方というか生活スタイルをみんなに体験してもらう。何を体験して欲しいかというと、「心」です。カタチに出来ないものを、カタチ(精進料理)にして、体験して欲しいですね。 2005年1月2日には第一回サンフランシスコイスキアで御節パーティーをやります。精進料理教室も開いています。そんな中で、他にもオマケで、チャネリングとかヒーリングなどをして、お話したり、相談してもらってもいいし。いろんなカタチで「癒し」の場を提供していきたいです。

インタビュー後余談

余談ですが、夢中さんの息抜きや時間の過ごし方を教えてください。

  • 座禅、ヨガ : 毎朝出来る限りしています
  • 風呂: 毎朝はいります。夜はバイト(レストランでの)から帰ってくるとすぐ寝ますので。
  • メール: 友達にとか、相談メールを受けたりとかしてます。
  • 散歩: その辺を歩いています。
  • ウインドウショッピング: スリフトショップによく行きます。

【関連リンク】
慧岳夢中さんにメールを送りたい方はinfo@jinaonline.orgまで
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1.2002年茂森 政さん障害者の用寄宿舎をバークレーに 2.2003年7月7日中山潤さん本場英国のアロマテラピスト資格を持ちNYで活躍のアロマテラピスト
3.2003年7月12日YUKIKO SATOさんNYでおしゃれなテサゲバッグを販売 4.2003年7月13日藤田理麻さん絵本を持たない国の子供達のために絵本を作って寄付する機関を設立
5.2003年7月19日MAX桐島さんハリウッドで活躍する映画プロデューサー 6.2003年7月26日MICHI YAMATOさんロサンゼルスでヒーロー・アクション・スクール設立
7.2003年7月29日宮崎さおりさんA&PIWCでテストカウンセラーとしてアジア・太平洋諸島コミュニティーに貢献 8.2003年7月27日中村ホームス知子さんLAで活躍するアロマセラピラピスト/フロ−リスト
9.2003年7月26日小野沢昭志さんシアトルで自転車会社Sidetrak,Inc設立,アマゾンへ冒険を続ける 10.2003年8月2日中村健吾さんニューヨークで活躍するジャズベーシスト
11.2003年8月24日丸山 裕子さんロサンゼルスで活躍するジャズピアニスト・作曲・編曲家 12.2003年8月31日Jay Deaiさんロサンジェルスで不動産業に従事
13.2003年8月24日美津子CANNONさんChiQ Healing Artsのセラピストとしてロサンゼルスで活躍 14.2003年8月17日松島めみさんロサンゼルスで指笛奏者として活躍
15.2003年9月8日井上 陽介さんニューヨークで活動するジャズベーシスト 16.2003年9月11日師範 出村文男サンタアナ糸東流空手玄武会総本部会長
17.2003年9月13日鶴亀彰さん在米35年、日米のハイテク企業の国際化を支援する企業をLAで設立、今年新たに世界1周旅行を試みる 18.2003年9月6日飯島真理さんロサンジェルスで活動の音楽家&女優
19.2003年9月18日トーマイタルさんパワーリフティングの元世界チャンピオンで現在セラピストとして活躍 20.2003年9月24日アーク佐野さんロサンゼルスで活躍するジャズピアニスト
21.2003年9月29日加藤典子さん墨絵アーティストとしてアメリカで個展をする 22.2003年9月30日KEIZO TSUKADAさんフィラデリフィアでファーニチャーデザイナーとして活躍
23.2003年10月1日藤森久仁さんロサンジェルスでプログラマーとして活躍 24.2003年10月5日Bill Crowley落語家
25.2003年10月8日藤井郷子さん日本とアメリカで活躍するジャズピアニスト 26.2003年10月15日Christine Rosander ジャズボーカリスト
27.2003年10月18日河合将介さん駐在員を引退後LAでライター、ボランティア活動などセカンドライフをエンジョイ 28.2003年10月19日下浩子さん1999年にONNA.COMを起業し、現在JINAのCEOをつとめる女性起業家
29.2003年10月23日射手園達一さんアメリカで起業する方のための「一旗会」を創設 30.2003年10月30日デイ多佳子さんアメリカで活躍する女性作家
31.2003年11月1日西村昭二さんロサンジェルスで和道流空手道を教える 32.2003年11月4 日外間真清さんハワイ生まれ日系二世の元牧師、夢を抱いて日本からやって来る若者の人情下宿を経営
33.2003年11月9日森 泰人さんスウェーデンで活躍するジャズベーシスト 34.2003年11月10 日ANDY 松田さん寿司学校(Sushi Chef Institute)をLAリトルトーキョーに開校
35.2003年11月11日相原勇さんNY在住の女優・マルチタレント 36.2003年11月13日新倉勝美先生気・呼吸法で癌を治療
37.2003年11月14日堀場 聡夫さんロサンジェルスで音楽の機材を販売する会社を起業 38.2003年11月25 日高田直子さんマリンバ奏者
39.2003年11月27日倉本利夫さん少林寺拳法ハリウッド支部長 40.2003年11月27日羽方美穂子さんニューヨーク美術カレッジに留学中のイラストレーター
41.2003年11月28日やまだ ゆみこさんロサンジェルス在住の漫画家 42.2003年12月16 日トモ藤田さんバークリー音学大学ギター科の助教授
43.2003年12月19日きーじーさん車イスで世界50ヶ国を旅する 44.2003年12月25 日ヨシ天尾さんニューヨークで活動する俳優・武道家
45.2004年1月6日加賀崎雅子さんロサンゼルスの日本語ミニコミ誌「 ブリッジ USA.」編集長 46.2004年1月8日渋谷朋子さん西アフリカで教育関係に携わる
47.2004年1月10日Chieko Yoshimotoさんナース・コンサルタント 48.2004年1月20日 本田 興申さんロサンジェルスで真向法を教えている
49.2004年1月22日SEKUS ROBAのLun*na Menohさんミュージシャン 50.2004年2月9日 RAYKOさんロックバンドDIG JELLY
51.2004年2月10日 菊池好文さんアパレル会社をLAで起業 52.2004年2月12日 MARY ROSEさんコスチュームデザイナー、エミー賞理事メンバー
53.2004年2月13日 野田直人さん国際協力事業団派遣専門家としてセネガルで活躍中 54.2004年2月17日 MINAKO SOMIYA FOTIさん看護婦歴35年
55.2004年2月18日 Sammy Briggsさん倉本先生の元で少林寺拳法拳法を習うLAPDの警察官 56.2004年2月20日 NORIKOさんキーボードリスト&作曲家
57.2004年2月22日 福田YUKIさんナバホインディアンと生活をともにしたこともあり、インディアンと日本の交流に貢献されている 58.2004年2月23日 市川江津子さんシアトルで活躍するアーティスト
59.2004年2月25日 中村佐恵美さんハリウッドで活躍する女優 60.2004年2月26日 伊比 恵子さん元ミス日本、1999年のアカデミー賞の最優秀短編ドキュメンタリー賞受賞、監督
61.2004年3月8日 林 龍介さんパリで巨匠ピーター・リンドバーグの第一アシスタントを務める写真家 62.2004年3月9日 早川千晶さんケニア・ナイロビ在住のライター
63.2004年3月10日 美智子パンピアンさん世界の平和をうたうWorld Peace Project for Children創設者 64.2004年3月16日 マイク伊藤さんブランソンでカントリーミュージック
65.2004年3月17日 片山武彦さんビバリーヒルズで歯科技工士 66.2004年3月20日 溝口弘恵さん作家「ハーレム日記」
67.2004年3月22日 Mike BarretteさんXbox game artist 68.2004年4月7日 Jason YuさんTechnology Instructure
69.2004年4月10日 藤原敏江さんサンフランシスコでダンサー 70.2004年5月4日 神戸俊平さんケニア在住。獣医師・NGOとして、野生動物保護・象牙取引反対運動・環境問題・エイズ問題などに取り組む
71.2004年5月8日 中村かおりさんシアトルでバレリーナ 72.2004年5月12日 キウイア悦美さん日本にいながらケニャ・タンザニアに二十数年通い、WEBサイトを運営
73.2004年5月13日 知香子パワーズさんハワイ在住、コーディネーター、ダイビングインストラクター、ボディセラピスト 74.2004年5月15日 新間美也さん調香師として日本とパリを往復する
75.2004年5月16日 大川ミセさんパリ在住のOL作家 76.2004年5月24日 藤井仁美さんイギリスに住む日本人獣医であり、ペットの行動カウンセラー
77.2004年5月25日 Tony Cortina倉本先生の元で少林寺拳法拳法を習うSWAT 78.2004年5月26日 三浦たつこ さんLA在住のクロスカルチャーコンサルタント
79.2004年5月28日 永松真紀さん年間300日以上は世界中を旅しているケニア在住、添乗員ツアーコーディネーター 80.2004年6月1日 高松良幸さんロサンジェルスで弁護士として活躍
81.2004年6月7日 Yoshiko McFarlandさんサンフランシスコ在住で地球語を広めている 82.2004年6月9日 斎藤幸喜さんCA、NY、日本で公認会計士の資格を持ち、会計事務所を起業
83.2004年6月12日 飯盛敦博さんシンガポールで起業、SOHOアジアを設立 84.2004年6月27日 入江健二さんリトルトーキョー入江診療所
85.2004年7月16日 Michael Mullins倉本先生の元で少林寺拳法拳法を習うLAPD 86.2004年7月20日 幸泉久子さん医学博士
87.2004年7月21日 JOEY CARBONE多くのJPOPを手がけるプロデューサー、作曲家 88.2004年7月30日 二城永子さんハリウッドで活躍するモデル・女優
89.2004年8月11日 すずきじゅんいちさん映画監督 90.2004年8月19日 Michelle Hartさん日本に10年すんでいたハリウッドで活躍する作曲家・プロデューサー
91.2004年8月24日 大見和宏さんUCLAで活躍されている研究者 92.2004年8月27日 大森憲治さんタンザニアのレンジャーに留学ツアーガイドや撮影コーディネーター、キリマンジャロ登山ガイド
93.2004年9月9日 Yoshi OkamotoさんメルローズでHIPHOPのお店を経営 94.2004年9月22日 水野 穣さんロサンゼルスで商社勤めから思い切って起業、そして成功
95.2004年9月25日 柴田武次さん教育者そして画家 96.2004年10月8日 キャズ・カワゾエさん作家・技術通訳
97.2004年10月10日 トシコ・ムトー さん
LA在住の漫画家で「小さな恋人」の作者
98.2004年11月9日 渡辺啓子さんNY在住画家&画廊オーナー
99.2004年11月19日 鈴木弘子 さん
日本人初、プロアメリカンフットボール選手
100.2004年11月24日 富田早苗さん3年連続オークランドのNBA、ゴールデン・ステイト・ウォリアーズのダンスチーム
101.2004年11月30日 愛場美和さん
LA在住女性起業家
102.2004年12月13日 古見直子さんNYでアニメ業界のマーケティングリサーチ
103.2004年12月24日 慧岳夢中さん
SF在住の僧侶、シェフ、アーティスト、ヒーラー
104.2005年1月28日 吉川マルヒナ陽子さん NYで活躍するベリーダンサー
105.2005年2月10日 トシ・カサイさん
LA在住サウンドエンジニア
106.2005年2月20日 木村基子さん NY在住の『笑っていいとも!』の元プロデューサー
107.2005年3月1日 弦本將裕さん
個性心理學研究所所長(動物占い創始者)
108.2005年3月18日 Sammy Fujimakiさん LA在住の元ギタープレイヤー、ウェブ・デザイナー
109.2005年3月25日 山口憲和さん
LA在住のHRコンサルタント、専門は人事制度設計
110.2005年3月28日 渡辺千賀さん シリコンバレーでコンサルティング会社を起業
111.2005年3月29日 田上 潤さん
シドニー在住の写真家・グラフィックデザイナー
112.2005年4月25日 松田暁博さん シリコンバレーで半導体の設計を手がけるエンジニア
113.2005年5月7日 上野隆博さん
NY在住のソロ・パントマイムダンサー
114.2005年5月15日 Maco Nishidaさん SF在住画家、版画家、ハンドヒーラー
115.2005年5月25日 小澤 智子さん
UCSFで脳腫瘍のリサーチをする脳外科医
116.2005年6月1日 土屋 美佐子さん LA在住の Certified Alexander Technique teacher、Tai Chi、Qi Gong
117.2005年6月8日 本宮陽子さん
NY在住のグラフィックアーティスト/版画家
118.2005年9月7日 戸谷茂山さん アメリカの建設業界でコンストラクション・マネジメントを手がける
119.2005年9月12日 長谷川和美さん
ABAサンノゼスカイロケッツのオーナー
120.2005年10月7日 鶴田育子さん 文筆家/カウンセラー
121.2007年5月31日 松本大輔先生
大山空手 松本道場
122.2007年5月31日 Mika Somaさん LA在住アーティスト
123.2007年6月11日 YOHEI OTSUKAさん
LA在住起業家
124.2007年7月9日 HIDEMIさん NY在住陶芸家
   知られざる偉人
朝鮮戦争の中1万人の傷ついた戦争孤児たちを救援した一兵卒・・ジョージF.ドレイク博士
   JINAから企業ニュース
パワフルなアマゾンの薬草ウンニャ・デ・ガト・・信じられないほどの即効力
ウンニャ・デ・ガト関連記事(The Bellingham Herald )NEW
   ●特集●氣・呼吸法でヒーリング  新倉勝美先生
2004年4月16日にニューヨーク国連本部ビルにて国連職員の為のクラブ(UNSRC Enlightenment Society)の一環として行われた新倉先生の氣のワークショップ

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