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| デザイン・文・インタビュー:内田 麻衣子 | ||
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小さい頃は、内気でおとなしい子だった。外で遊ぶよりは、いつも家にいるタイプで、おとなしすぎて幼稚園に馴染めずやめることになる。幼稚園にも行かず家にずっといることを母親が心配して、ピアノ教室に行かせ始める。それ以来ピアノに没頭し、クラシックピアノを弾き続け、クラシックの音楽大学に進もうとしていた。大学受験前に楽譜がなければ何一つ演奏できない自分に気付き、愕然とした。ピアノを始めた子供のころは、自由に感じたままにピアノを弾いて楽しんでいたのに・・・。訓練されて聞き分けはいいけれど、自分の判断では何もできない飼い犬のようになっていくことに抵抗を感じ、楽譜通りに演奏するクラシック、またそれを疑問もなく教え込むクラシック音楽教育のすべてに嫌気がさすようになった。
師事していたクラシックピアノの宅孝二先生は、キャバレーでジャズを弾きたくて東京芸大のピアノ科の主任教授を辞めてしまったという、とてもユニークな先生で、その影響もあり高校時代にJAZZに傾倒していった。音楽だけではなく、宅先生の生き方にも多大な影響を受けた。クラシカルミュージックに嫌気がさしていた藤井さんにとって、即興演奏があるジャズは今までずっと求めつづけてきた形であった。しかし、クラシックの訓練のせいか、ピアノの前に座ると、楽譜に書かれていないものを演奏することに抵抗があり、どうしても即興ができなかった。そこでクラシックをやめ、ピアノも一時やめて「声」と身の回りのあらゆる物を叩いてでる音で即興をはじめた。楽器のない時代の人間の音を使った表現に深く興味を持ち始め、それを体験してみたかったこともあり、音楽雑誌でメンバーを募り、数人で集まっては即興演奏をやりはじめた。、その2年後の22歳の時、ジャズピアニストの板橋文夫さんの演奏を聴いて感銘を受け、ピアノの前に再び戻ることになる。
26才の時ボストンのバークリー音楽院に入学。同校では主にアレンジを学ぶ。作曲科主任教授ハーブ・ポメロイ(Herb Pomeroy)氏のラインライティングを首席で修了。 ラインライティングは日本でも渡辺貞夫氏が紹介しているが、アレンジの理論とテクニックのコースである。今はハーブ・ポメロイ氏は引退しているが、昔からバークリー音楽院での人気コースで、オーデションで合格しないと受講もできなかった。 卒業後帰国し、ピットイン、エアジン、バベル2nd等のライブハウスでFunky Fresh,飛不動等のバンドで演奏。劇場、TV等での演奏も手がける。93年再び渡米。ボストンのニューイングランド音楽院に入学。自己のビッグバンドをボストンにて結成。ブラックスミスハウス(ケンブリッジ)等で公演。 97年秋に東京を活動の拠点とする為帰国。 以降、夫 田村夏樹とともに北米、ヨーロッパなどインターナショナルにソロ、デユオ、トリオ、セクステット、ビッグバンド等の多種多様なフォーマットで精力的に演奏活動を行っている。 アメリカにきたきっかけ。ジャズを勉強しはじめて、学校で勉強したいと日本の学校を調べましたが、当時日本の学校も結構学費がかかり、それだったらアメリカの学校にいっちゃおうと。留学のための渡米でした。ボストンのバークリー音楽大学を選択した理由は?知り合いの紹介でちょうどバークリーを卒業して帰国した人から話しをきいたら、当時TOEFLを受けずに推薦状だけで行けるというので、英語の準備を何もしていなかった私でも行きやすかったから。ボストンのバークリー音楽大学卒業後日本に移られたわけは?卒業後ニューヨークに転居を考え、アパートまで探しに行ったのですが、なかなかいい所が見つからず、転居の決心も固まらず、結局ボストンにそのまま半年ほどいました。ビザの事、仕事の事も落ち着かないし、第一なにがやりたいかが自分でも曖昧で、それだったらせめてビザの心配のない日本に帰うと決心しました。 |
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日本に戻られた後、ボストンのニューイングランド音楽院を選択した理由。バークリー卒業後、バンドでライブをしたり、音楽雑誌に原稿を書いたり、劇場やテレビの仕事をしたり、あらゆる音楽の仕事をしてみたのですが、自分の本当にやりたいことが見極めきれずに、それどころかどんどんと曖昧でわからなくなってしまいました。通信教育でレッスンを受けていたチャーリー・バナーカスのレッスンも直接受けたいと思っていた時に、ニューイングランド音楽院で当時教えていた益子高明さんにニューイングランド音楽院のシステムを聞き、ぜひ入学してみたいと。ビッグバンドを結成したいきさつと活動内容をお聞かせください最初に自分でビッグバンドを組んだのは1987年バークリーでのリサイタルのためでした。1993年にニューイングランド音楽院入学後、1996年に卒業リサイタルのためにまた組みました。そのバンドでは学校外でのクラブでの演奏もしたので、このボストンバンドが今のビッグバンドのもとになりました。ニューイングランド音楽院卒業後ニューヨークに転居して1996年にニューヨークバンドを結成。ニューヨークでクラブに通いつめ、惚れ込んだミュージシャンたちに声をかけお願いして結成しました。このバンドで96年にデビューCDをリリース。その後さらに3枚 のCDをリリースして今年の夏にも5枚目を録音しました。大所帯のためツアーが取りにくく、今のところはニューヨークでの公演しかしていませんが、ツアーをするのが夢です。東京のビッグバンドは1997年に帰国コンサートのために結成。このバンドも演奏に惚れ込んだ方に参加をお願いしたり、新宿ピットインのマネージャーの鈴木さんからミュージシャンを紹介してもらったりして結成しました。今までに2枚のCDを発表、昨年は浜松のジャズフェスティバルに出演しました。やはり東京での公演が主体です。 その他に名古屋と神戸で地元のミュージシャンでビッグバンドをやっています。名古屋はギタリストの臼井さんが、神戸はクラブオーナーの近藤さんがプロデュースして結成されたバンドです。どちらも年に数回公演をしています。今年は名古屋バンドでライブ録音をしたので、それが近い内CDリリース予定です。 事業をなさる上で大変だった事をお聞かせください。音楽そのものよりも、それをマネージしていくのが現実的には大変です。私がやっているような音楽は商業的なものではないので、マネージャーを雇うだけの経済的余裕はありません。ほとんどすべての雑事、事務等は自分でやらなくてはならず、それがやはり結構な手間ではあります。事業をしていく中で日本人であるが故のハンディは?逆にメリットは?特別にはハンディもメリットも感じません。音楽をやるときは、日本人であるということも忘れています。が、当然日本人だという事は音楽にでているとは思います。もしかすると、それはメリットかもしれませんね。 。 |
音楽を作曲する上でアイデアに行き詰まったときする事はありますか?人によって様々だと思いますが、私は日常的に作曲します。朝の練習の前に日課としてやります。もちろん、どんどんできる時もあれば、全く進まない時もあります。以下、以前ミュゼという音楽雑誌のために書いた、創作作曲のコンセプトの文章です。『自身で興味を常に惹きつけられる様な音(静寂)を選んで、創作していく。作曲する にしても、即興するにしても、いつも面白いと感じるのは、私にとっての答えはひと つしかないという事だ。最初の音を鳴らす、次にくる音(静寂)は正解としてひとつ だけ存在する。もちろん、これは万人にとっての正解ではなく、私にとっての正解だ 。ただその正解は曖昧な物ではなく、常に明白だ。私は私の中にあるその答えを鳴ら す事によって音楽を作る。それがたとえ私だけの正解だとしても、あまりに正解とし て明白に存在するので私はこれを自然の摂理、科学の様に感じる。信仰を持っている 人は、それが「神の声」に聞こえると思う。他の人に間違いといわれても、なすすべ がない。そういう時は「ごめんなさい」というしかない。ただ、意図的にあるいは偶 然に、その正解からはずれる事がある。せっかく正解からはずれたものを肯定的にう まい事使わなければ、行為の損失だ。そうして音楽を作っていくと、いつもそれは「 創作」というより、最初からそこに存在していたもののように思える。私の創作は、 その場で私の手から離れていく。それは誰の物でもなく存在し始める。目にも見えず 、耳にも聴こえていなかったが、はっきりとそこに存在していたものを私が見つけて きた、と感じる。』 2002年サンフランシスコゲート誌で2002年度ベストピアノトリオCDに選出されたことについて。アメリカ西海岸での演奏の機会は2002年までなかったのですが、2002年の春と秋にその機会を得ました。春は私のカルテットで全米ツアー、また、秋はサンフランシスコで活動をつづけるROVAサキソフォンカルテットの25周年記念コンサートに作曲家と演奏家として招聘されました。その時の録音が来年2月にはCDとしてリリー スされます。サンフランシスコでの公演で、いままでCDは聞いていても生の演奏には接していなかった何人かの評論家に会いまして、活動に興味をもってもらえたようです。音楽家としてより多くの人に聞いてもらいたいので、とてもうれしく思っています。またCDが選ばれた事はとても光栄に感じています。初期の作品と今作っている作品のちがいは?根本的な姿勢はかわっていないと思います。常にリスクを恐れないで表現するというジャズの精神性を大事にしているつもりです。デビューCDをリリースした1996年から20枚のCDをリリースしました。その間にたくさんの人や音楽に出会ってその経験はあらゆる意味で音楽に反映されていると思います。そして何よりも私は自分で創 造してきた音楽に影響を受けて次ぎの作品を作っています。尊敬するアーティストを3名あげてください。山ほどいますすが、あえてあげるとすれば・・ 初めにトランペットプレーヤーで共演者でもある田村夏樹。私の夫でもあります。音楽だけではなく人生の価値観という意味でも大きな影響を受けています。「自由」と「信念」をこだわりなくして突き通す力、音楽的にはその自由な作風に惹かれます。 2人目は高校生のときに習っていたクラシックピアノの先生の宅孝二先生。自分の信じる生き方をでき、つまらない権威を全く気にしない。いくつになっても、興味のあることをやりはじめられる熱意と勇気を持ち続けること。 最後にニューイングランド音楽院時代の先生でもあるジャズピアニストのポール・ブレイ氏。その音楽表現ももちろんですが、ものの考え方やとらえ方、見る位置がとてもユニーク。いかに自分が束縛されてきたかを気付かされましたアーティストとして成功する方法とはズバリなんですか?自分のやりたい事をやり続けること。藤井さんにとって一言でジャズって何ですか?音楽のスタイルではなく、その精神性・・・既成のスタイルに依存する事なく、常にリスクを負うことを恐れず、自己の表現を追求する音楽。そういう意味ではクラシックになりえず、博物館に陳列できる種類のものではない。多くの場合即興演奏という形態をとって、奏者も作曲家としてその音楽に関与する。常に異文化の音楽を形を変えつつも同化できるという性格をもつ。アメリカで成功する方法とはズバリなんですか?アメリカだけでなく、どこでもそうだと思うのですが、もし人生の成功をその人の主観的な成功と考えるなら、妥協しないで信じることを貫く事だと思います。もちろん何を信じたらいいかわからなくなる時もあるし、社会的に認められるまではどのくらいかかるかもわからずに辛い時もあるどころかほとんどそんな時だと思います。でも、後で悔いるような事だけはないようにその時その時を生きていくという事。つまり、自分を裏切らないことだと思います。アーティストを目指す若い人たちに一言おねがいします。あなたがやりたい事のためにあなたはそこにある、と考えて下さい。これからアメリカにくる若者に向けて一言日本を外から見て下さい。いままで見えなかったことが見えてくると思います。良いところ悪いところも含めて。 |
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藤井さんの夢は?新しいバンドやプロジェクトのアイデアとか、山程あります。その中でも、ニューヨークと東京のオーケストラ2バンドでコンサートを開くのが実現できればと思っています。同じ曲をやっても両者の音楽はまったく異質のものと認められるのです。それは、演奏の良悪や優劣といったレベルの差ではなく、文化的な背景に根差した演奏者の美意識や音楽性の差異、あるいはニューヨーク(アメリカ)と東京(日本)の聴衆の好みを反映している、いわば両者のジャズの土壌そのものの差かもしれません。いまこそ(アメリカ)のジャズも(日本)のジャズも同じ土俵で鑑賞されて良いのでは、そして両者の資質の差異をできる限り際立たせるために、ニューヨーク・バージョンWest、東京バージョンEastという両オーケストラをひとつのステージで演奏させるという事ができればと夢みています。インタビュー後余談演奏以外にはどういった時間の過ごし方をするのでしょうか?無趣味ですね。仕事以外の時間というのは、実際にほとんどありません。気分転換としては、掃除や散歩、料理もしますが、おいしいものを食べに行くのも好きです。 好きな映画は 「Children Of Paradise(邦題:天井桟敷の人々)」1945年【仏】と桃井かおりが聾唖者の少女役でヒロインを演じた映画人間ドラマ「あらかじめ失われた恋人たちよ」(1971年)(清水邦夫、田原総一郎の監督)です。
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