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デザイン・文・インタビュー:内田 麻衣子
日本では1989年のTBS「イカすバンド天国」(通称イカ天)で、元気に「次のバンドはこのバンドだいっ!」といっていたアシスタントをしていたことで有名な相原勇さん。 その他テレビでのゲストや司会、ミュージカルでも「ピーターパン」の主人公のピーターパン役を好演。97年9月に単身渡米。最初の一年目はコロンビア大学で英語の勉強に追われる日々を過ごす。2年目からCS放送のチャンネルホストに抜擢され、アメリカでのキャリアの基盤を作る。巨大なエネルギーが渦巻くNYでの生活も3年の月日が過ぎ去った頃、一大決心して舞台復帰の為に『もう一度、一から始めよう』と踊り、歌、芝居の基礎習得に励む日々が始まった。2001年9月11日、NYで同時多発テロを体験し、ギャラリー勤務の画商ファーガス・マクファリー氏と結婚、NYと日本で忙しく芸能活動をしている。
今の私にとって「演じる」とは「魂を込める事」、「舞台」とは「=人生」です。

アメリカにきたきっかけ

元婚約者との破局後、「生きる自信」をつけるために、何かを学びたかった。私が悲しみのどん底に落ち、這い上がる力もなかった時、NY在住の友人から電話がありすぐに彼女に会いに行きました。彼女は10ヶ月前に最愛のご主人を突然の交通事故で失い失意の日々を送っていたけれど、今では旦那さんの夢だった弁護士の資格も習得し、NYと日本を行ったり来たりの忙しい生活をおくっていました。その逞しさが欲しくて、聞こえたかどうかも分からないような小声で「NYに行こうかな・・・」と言ったら、(その時の私にはそれが精一杯の力だった)、彼女は即答で「おいでっ!」といってくれました。彼女の笑顔に惹きつけられ、「いま、この人の側にいたらもう一度生きる力を得られるかも・・・」と本能的にキャッチし、NY行きを決めた。どうしようもなく落ち込んでいたので、助けて欲しいけれどその助けを求める力もなかった。悲しみを乗り越えて生きようとしている彼女のエネルギーに吸い寄せられたような気がします。

NYの魅力とは?

等身大の自分でいられることです。NYは多人種・多宗教で、まさに人種の坩堝なので、常に「私が源」っていう事を強く意識して生きていけると思います。それに、またこのNYという大都会で頑張った人には道が開けると思います。
広島生まれ。「平成名物TV・いかすバンド天国」の司会などで活躍。97年、元婚約者と破局し、その後ニューヨークへ。98年から2001年までCS放送の女性専用チャンネル 『She TV』のチャンネルホストとしてブロードウェイミュージカルを紹介する番組など他多数担当。同時多発テロ後はボランティア活動にも意欲的に参加。    

NYでのボランティア活動をについて

9月11日を体験し、"生きているだけで有り難い"という事を痛感したと同時に、その惨事が起こったときに何も出来ない自分の無力さが怖かった。それ以来、自分に出来る事、どんな風に生きていきたいか、どんな世の中を願うかと考えるようになり、そういう気持ちがボランティア活動のきっかけになりました。世界中の人が笑顔でいっぱいの世の中であって欲しいという願いが原動力です。ボランティアでは主に絵本の読み聞かせたり、一緒に歌を歌ったりします。また、今年の9月11日は犠牲者の方の冥福をお祈りするために千羽鶴を子供たちと一緒に折りました。

ミュージカル「ピーターパン」主演について

ブロードウェイミュージカル「ピーターパン」との出会いは、私の潜在意識の中に深く眠っている欲望を表に爆発させたように思います。17歳の当時はその"理由・原因"を自分でわかっていなかったので、ただただ「ピーターパンをやりたいッ!!」この言葉のエネルギーだけで突っ走って生きてきました。「ピーターパン」と出会うことによって、私は「歌が好き、踊りが好き、表現する事が好きッ!!」って事に初めて気がついて、芸能界の仕事を続けました。事務所が倒産したり、うまくいかな事もたくさんあったけれど、いつも私の中には「ピーターパンをやりたい」という希望の光が大きく、時にはかすかでも輝き続け、私を導いてくれた。だから無我夢中で追いかけた。全身全霊を捧げて生き続けた。

念願のピーターパン役を得てからは役者として「舞台とは?」「演じるという事は?」いう壁にぶつかりました。 1年目に無我夢中で舞台の上手も下手も分からず、ただひたすら突っ走ってきた私は2年目に見事にスランプに陥りました。3年目の舞台が終わり、役者として成長し、次の舞台での希望で満ち溢れていた時、製作会社から「お疲れ様」といわれただけで、「私は来年もうピーターパンが出来ないんだ・・・」って現実の厳しさを叩きつけられました。今から思うとその頃の私は、一生懸命突っ走るだけで地に足が着いていなかったように思います。生きる希望を見失って廃人だった(当時はそう思っていました)そんな時、私をいちばん励ましてくれたのは元婚約者でした。彼も怪我で苦しみ自分の思うように勝負できない現実との狭間で葛藤し続けていました。やめるのは簡単、いちばん大切なのは続ける事。ケガが治ればまた好きな相撲ができる彼、私はやりたくても、もう2度とピーターパンをやる事はできない。「もうできないという苦しさに比べればまだ耐えられ る、怪我を治してもう一度土俵に立てるように一緒に頑張ろうよ」この気持ちが友情から愛情へと育っていったように思 います。

元婚約者からプロポーズを受け、さんざん悩み、考えた結果「Yes」と答えてからは、今まで表に立って仕事をしてきた自分から裏方になって相手を支えて生きていく日々が始まりました。でも、仕事を即座に止めた訳ではなかったので私自身の中で「光と影」の狭間で生きる新たな葛藤が始まりました。今だから言えるけれど、苦しかった。でも、頑張れば絶対に夢は叶うと信じていました。幼い頃からずっと欲しかった「家族の愛」を自分たちで創りあげていく喜びと希望がいつも崩れそうになる私を支えていました。

ただただピーターパンを夢見て生き続けた日々は、今から思うと「井の中の蛙」だったと思います。ピーターパンの役を失った時から私は現実を受容しなければならない試練にぶつかった。外海は波も大きいし、外敵もたくさんいました。それでも必死で泳ぎ続けたけれど、大きな波の渦中にいる間に自分でも気付かないうちに「自分自身」を見失ってしまいました。力尽きて倒れた時には、今まで信じて生きてきたものが全てなくなっていた。体中のエネルギーがナイアガラの滝よりも凄い勢いで落ちていき、何が起こったのか全く分からず、ただ怖かった。この肉体がこの世に存在している事が何よりも恨めしかった。死んでしまいたかった。でも、怖くて自分自身では事切れなかった。

30年間生きていて、自分の事が情けなく、生きる自信を失った時に「生きる自信」を与えてくれた人は家族と友達だった。

相原勇の名前の由来

広島から両親の反対をおしきって上京したが、事務所は86年に倒産してしまい、19歳の時それでも夢を捨てきれない私は自分を邁進するために、髪の毛をバッサリ切って 名前を”相原勇”に改名しました。 自分で自分を守らなければ、誰も 守ってくれないと、私は”PeterPan”として生きていく決心をしました。 改名には周囲の人に反対されました。 20歳といえばアイドルが脱皮する年代で、そんな時期に『男の子』みたいな格好で男の子みたいな名前は、 絶対にマイナスだとさんざん言われました。 でも、私は自分の信じた道を突き進む事に余念はなかっし、両性で使える名前(無性別)にしたかったので、響きは”ゆう”って優しい が、勇気を持って前進しようと自分自身を励ます意味を込めて”勇”にしました。 ”原”は”Field”、で人生を表し、相原の”相”は”愛”がいっぱいある人生がいいと言う願いを込めました。 それと”I”(私)と”勇”はYOU(貴方)をかけており、 「一人ぼっちじゃないよ、皆がいるよだから勇気を持って生きよう」と言う思いも込めています。

日本とNYを往復し忙しそうですが、体力維持や健康管理に特に気をつけていることは?

そうですね〜・・無理をしない、疲れたら休む、早く起きて早く寝る、ちゃんと食べることですかね。(笑)ヨガや足裏マッサージは心身の疲れを癒し、新たな鋭気を補ってくれます。

日本人であるが故のハンディはありますか?逆に日本人であるが故のメリットは?

一般的にアジア人は、実年齢よりも若くみられるのは、時には嬉しくもあるけれど、馬鹿にされているって感じる事もあります(苦笑)

今までの人生の中で影響を受けた人

いい意味、悪い意味を含めて生まれたときから一番近い存在にある人の影響は多大です。 今となっては全てを受容し、相手と自分を許容し、寛容になれている自分がいるけれど、NYで人生を再スタートするまでは受容できない事がたくさんありました。私の母は専業主婦、父はサラリーマンでどちらかというと厳しく躾られて育ちました。何処の家庭でもある些細な夫婦喧嘩が私にとっては幼少時代からトラウマになっていて、「両親に愛されたい、私をかまって欲しい」という欲望がありながら、それを得られなくて、逆に反抗し、現実から逃避して生きていたように思います。両親、家族に対して「素直になりたい」と思いつつも、いつも素直になれない自分がいました。空想が大好きだったし、いつも自分の理想を追い求めて突き進んでいたようにも思います。でも、人は誰もが一人だし、思い・考え・感じ方も千差万別。私の両親、私の家族という所有物化した考え方が自分の望む物と異なる結果を生み出した時、私は孤独を感じるし、「こんなの本当の両親じゃない」って否定して自分を慰めていた。私が求めるものの情熱が大きすぎて、それが満たされないから、私は愛されていないってずっと思っていた。自分の事は自分が一番分かっていなければならないのに、一番分かっていなかったように思います。

母にも、父にもそれぞれの人格、人生があって、彼らは彼らなりに精一杯、私に愛をそそいでくれていているという事を今はしみじみと感じ、感謝の気持ちでいっぱいです。それは自分の中で私と父、私と母という人の関わりという風に物事を捉えられるようになったからです。人生の基本は私が源という事に気付きました。そこから全てが始まって、自分が関わる環境がある。環境は常に変化していて、ありとあらゆる情報と状況を踏まえた上で、その都度お互いにとってハッピーな選択をするという事が大切だという事を学んでいます。そういった生活ができるようになると、この世でいちばん尊敬する人は両親であり、家族であるという事を強く感じます。彼らがいるから、今の私はこの世に存在していると思っています。

アイルランド人の旦那さん、ファーガス・マクファリー氏とその家族について

NYで生活し始めた頃の私は「日本の全て」が大嫌いで思い切り拒否して生きていました。日本人に会いたくない、話したくない、日本食食べたくない・・・「全ての過去を抹消して第2の人生をエンジョイするんだッ!!」が私のモットーでした。最初の一年間は「生きるため」に英語を学ぶので必死だった。コロンビア大を選んだのも、NYで一番厳しい学校って聞いたから。厳しい環境に自分を放り込んで、余計な事は考えたくなかった。心の何処かに30歳から人生をやり直すという事は物凄いプレッシャーだったのでとことん挑戦したかった。100%ベストを尽くして、それでダメだったら悔いもない。そこからまた考えようという感じでした。2年目は英語の勉強も必要だけれど、生きるためにはお金も必要。運良く、友人が新しいTVチャンネル「She TV」を立ち上げるため番組のホスト役を探していたので、「芸能界の仕事は2度としない」と誓って日本を離れたけれどアメリカで新しい事に挑戦するのはやりがいがあると思い始めました。実際、アメリカで暮らし始めて私がアメリカでお金を稼げるのはこの仕事しかないという事も受容しました。日本では全部事務所任せでしたが、アメリカでは売り込み、スケジュール調整、ギャラの交渉などすべて自分でしなければならない生活に追われ、あっという間に一日一日が過ぎていっている頃、友人の紹介で現在の旦那であるファーガスに出会いました。 第一印象は「怖い、嫌い」(笑)彼は野心家で夢と希望、自信に満ち溢れていました。「こんなみっともない私・・・きっと馬鹿にされているんだろうな・・・」っていじけていた。最初の三ヶ月は友人10人くらいと月一回の割合で一緒にご飯を食べる程度のお付き合いでした。学校の全課程が終了した頃、自分の中に達成感があり、それがちっちゃな「自信」になりつつある頃、コンテンポラリー・ギャラリーでディーラーをしている彼から「Jackson Pollockのオープニングイベントがあるから、興味があったら一緒に行かない?」と誘われ、宿題からも開放されたので「Yesッ!!」と言ったのが始めてのデートでした。

彼はアイルランドの大学時代に文部省の奨学生として京都大学に2年間留学して日本の現代美術を学んでいます。家族もみんな日本好きで、彼と彼の家族を通して改めて日本の良さ、美しさを受容できるようになりました。同時に「拒否、逃避しては何の進歩もない」という事に気付いた。彼の家族はよくNYにも来るし、自分の日本の家族より渡米してからは会っています。「私たちにとって、日本といえば写真で観るか、器や絵画でしかでなかったけれども、今は日本人の娘ができて本当にうれしい」といわれて、とても可愛がられています。 彼とその家族と一緒に過ごす事によって日本人としての自信が私の中で育んでいます。

アメリカでこれから夢をかなえようとする若い人たちに一言おねがいします。

自分を信じて続けること。相手に、自分に寛容になること。創りだしたい世界を線濃く、色鮮やかにはっきりと描き続けていれば夢は必ず実現する。 と、私はそう信じて生きています。時間はかかるけどね(苦笑) とにかく、続けることです。
【関連リンク】
相原勇公式サイト http://www.sweet.jp/aihara/

(取材日 2003年11月11日)
取材メモ:今回の取材はEMAILと電話で行われた。相原さんのこれからのエネルギッシュなご活躍を期待しており ます。(取材:内田麻衣子)
   JINAから世界で活躍中の”真・国際人”を紹介   ▼バックナンバー▼
1.2002年茂森 政さん障害者の用寄宿舎をバークレーに 2.2003年7月7日中山潤さん本場英国のアロマテラピスト資格を持ちNYで活躍のアロマテラピスト
3.2003年7月12日YUKIKO SATOさんNYでおしゃれなテサゲバッグを販売 4.2003年7月13日藤田理麻さん絵本を持たない国の子供達のために絵本を作って寄付する機関を設立
5.2003年7月19日MAX桐島さんハリウッドで活躍する映画プロデューサー 6.2003年7月26日MICHI YAMATOさんロサンゼルスでヒーロー・アクション・スクール設立
7.2003年7月29日宮崎さおりさんA&PIWCでテストカウンセラーとしてアジア・太平洋諸島コミュニティーに貢献 8.2003年7月27日中村ホームス知子さんLAで活躍するアロマセラピラピスト/フロ−リスト
9.2003年7月26日小野沢昭志さんシアトルで自転車会社Sidetrak,Inc設立,アマゾンへ冒険を続ける 10.2003年8月2日中村健吾さんニューヨークで活躍するジャズベーシスト
11.2003年8月24日丸山 裕子さんロサンゼルスで活躍するジャズピアニスト・作曲・編曲家 12.2003年8月31日Jay Deaiさんロサンジェルスで不動産業に従事
13.2003年8月24日美津子CANNONさんChiQ Healing Artsのセラピストとしてロサンゼルスで活躍 14.2003年8月17日松島めみさんロサンゼルスで指笛奏者として活躍
15.2003年9月8日井上 陽介さんニューヨークで活動するジャズベーシスト 16.2003年9月11日師範 出村文男サンタアナ糸東流空手玄武会総本部会長
17.2003年9月13日鶴亀彰さん在米35年、日米のハイテク企業の国際化を支援する企業をLAで設立、今年新たに世界1周旅行を試みる 18.2003年9月6日飯島真理さんロサンジェルスで活動の音楽家&女優
19.2003年9月18日トーマイタルさんパワーリフティングの元世界チャンピオンで現在セラピストとして活躍 20.2003年9月24日アーク佐野さんロサンゼルスで活躍するジャズピアニスト
21.2003年9月29日加藤典子さん墨絵アーティストとしてアメリカで個展をする 22.2003年9月30日KEIZO TSUKADAさんフィラデリフィアでファーニチャーデザイナーとして活躍
23.2003年10月1日藤森久仁さんロサンジェルスでプログラマーとして活躍 24.2003年10月5日Bill Crowley落語家
25.2003年10月8日藤井郷子さん日本とアメリカで活躍するジャズピアニスト 26.2003年10月15日Christine Rosander ジャズボーカリスト
27.2003年10月18日河合将介さん駐在員を引退後LAでライター、ボランティア活動などセカンドライフをエンジョイ 28.2003年10月19日下浩子さん1999年にONNA.COMを起業し、現在JINAのCEOをつとめる女性起業家
29.2003年10月23日射手園達一さんアメリカで起業する方のための「一旗会」を創設 30.2003年10月30日デイ多佳子さんアメリカで活躍する女性作家
31.2003年11月1日西村昭二さんロサンジェルスで和道流空手道を教える 32.2003年11月4 日外間真清さんハワイ生まれ日系二世の元牧師、夢を抱いて日本からやって来る若者の人情下宿を経営
33.2003年11月9日森 泰人さんスウェーデンで活躍するジャズベーシスト 34.2003年11月10 日ANDY 松田さん寿司学校(Sushi Chef Institute)をLAリトルトーキョーに開校
35.2003年11月11日相原勇さんNY在住の女優・マルチタレント 36.2003年11月13日新倉勝美先生気・呼吸法で癌を治療
37.2003年11月14日堀場 聡夫さんロサンジェルスで音楽の機材を販売する会社を起業 38.2003年11月25 日高田直子さんマリンバ奏者
39.2003年11月27日倉本利夫さん少林寺拳法ハリウッド支部長 40.2003年11月27日羽方美穂子さんニューヨーク美術カレッジに留学中のイラストレーター
41.2003年11月28日やまだ ゆみこさんロサンジェルス在住の漫画家 42.2003年12月16 日トモ藤田さんバークリー音学大学ギター科の助教授
43.2003年12月19日きーじーさん車イスで世界50ヶ国を旅する 44.2003年12月25 日ヨシ天尾さんニューヨークで活動する俳優・武道家
45.2004年1月6日加賀崎雅子さんロサンゼルスの日本語ミニコミ誌「 ブリッジ USA.」編集長 46.2004年1月8日渋谷朋子さん西アフリカで教育関係に携わる
47.2004年1月10日Chieko Yoshimotoさんナース・コンサルタント 48.2004年1月20日 本田 興申さんロサンジェルスで真向法を教えている
49.2004年1月22日SEKUS ROBAのLun*na Menohさんミュージシャン 50.2004年2月9日 RAYKOさんロックバンドDIG JELLY
51.2004年2月10日 菊池好文さんアパレル会社をLAで起業 52.2004年2月12日 MARY ROSEさんコスチュームデザイナー、エミー賞理事メンバー
53.2004年2月13日 野田直人さん国際協力事業団派遣専門家としてセネガルで活躍中 54.2004年2月17日 MINAKO SOMIYA FOTIさん看護婦歴35年
55.2004年2月18日 Sammy Briggsさん倉本先生の元で少林寺拳法拳法を習うLAPDの警察官 56.2004年2月20日 NORIKOさんキーボードリスト&作曲家
57.2004年2月22日 福田YUKIさんナバホインディアンと生活をともにしたこともあり、インディアンと日本の交流に貢献されている 58.2004年2月23日 市川江津子さんシアトルで活躍するアーティスト
59.2004年2月25日 中村佐恵美さんハリウッドで活躍する女優 60.2004年2月26日 伊比 恵子さん元ミス日本、1999年のアカデミー賞の最優秀短編ドキュメンタリー賞受賞、監督
61.2004年3月8日 林 龍介さんパリで巨匠ピーター・リンドバーグの第一アシスタントを務める写真家 62.2004年3月9日 早川千晶さんケニア・ナイロビ在住のライター
63.2004年3月10日 美智子パンピアンさん世界の平和をうたうWorld Peace Project for Children創設者 64.2004年3月16日 マイク伊藤さんブランソンでカントリーミュージック
65.2004年3月17日 片山武彦さんビバリーヒルズで歯科技工士 66.2004年3月20日 溝口弘恵さん作家「ハーレム日記」
67.2004年3月22日 Mike BarretteさんXbox game artist 68.2004年4月7日 Jason YuさんTechnology Instructure
69.2004年4月10日 藤原敏江さんサンフランシスコでダンサー 70.2004年5月4日 神戸俊平さんケニア在住。獣医師・NGOとして、野生動物保護・象牙取引反対運動・環境問題・エイズ問題などに取り組む
71.2004年5月8日 中村かおりさんシアトルでバレリーナ 72.2004年5月12日 キウイア悦美さん日本にいながらケニャ・タンザニアに二十数年通い、WEBサイトを運営
73.2004年5月13日 知香子パワーズさんハワイ在住、コーディネーター、ダイビングインストラクター、ボディセラピスト 74.2004年5月15日 新間美也さん調香師として日本とパリを往復する
75.2004年5月16日 大川ミセさんパリ在住のOL作家 76.2004年5月24日 藤井仁美さんイギリスに住む日本人獣医であり、ペットの行動カウンセラー
77.2004年5月25日 Tony Cortina倉本先生の元で少林寺拳法拳法を習うSWAT 78.2004年5月26日 三浦たつこ さんLA在住のクロスカルチャーコンサルタント
79.2004年5月28日 永松真紀さん年間300日以上は世界中を旅しているケニア在住、添乗員ツアーコーディネーター 80.2004年6月1日 高松良幸さんロサンジェルスで弁護士として活躍
81.2004年6月7日 Yoshiko McFarlandさんサンフランシスコ在住で地球語を広めている 82.2004年6月9日 斎藤幸喜さんCA、NY、日本で公認会計士の資格を持ち、会計事務所を起業
83.2004年6月12日 飯盛敦博さんシンガポールで起業、SOHOアジアを設立 84.2004年6月27日 入江健二さんリトルトーキョー入江診療所
85.2004年7月16日 Michael Mullins倉本先生の元で少林寺拳法拳法を習うLAPD 86.2004年7月20日 幸泉久子さん医学博士
87.2004年7月21日 JOEY CARBONE多くのJPOPを手がけるプロデューサー、作曲家 88.2004年7月30日 二城永子さんハリウッドで活躍するモデル・女優
89.2004年8月11日 すずきじゅんいちさん映画監督 90.2004年8月19日 Michelle Hartさん日本に10年すんでいたハリウッドで活躍する作曲家・プロデューサー
91.2004年8月24日 大見和宏さんUCLAで活躍されている研究者 92.2004年8月27日 大森憲治さんタンザニアのレンジャーに留学ツアーガイドや撮影コーディネーター、キリマンジャロ登山ガイド
93.2004年9月9日 Yoshi OkamotoさんメルローズでHIPHOPのお店を経営 94.2004年9月22日 水野 穣さんロサンゼルスで商社勤めから思い切って起業、そして成功
95.2004年9月25日 柴田武次さん教育者そして画家 96.2004年10月8日 キャズ・カワゾエさん作家・技術通訳
97.2004年10月10日 トシコ・ムトー さん
LA在住の漫画家で「小さな恋人」の作者
98.2004年11月9日 渡辺啓子さんNY在住画家&画廊オーナー
99.2004年11月19日 鈴木弘子 さん
日本人初、プロアメリカンフットボール選手
100.2004年11月24日 富田早苗さん3年連続オークランドのNBA、ゴールデン・ステイト・ウォリアーズのダンスチーム
101.2004年11月30日 愛場美和さん
LA在住女性起業家
102.2004年12月13日 古見直子さんNYでアニメ業界のマーケティングリサーチ
103.2004年12月24日 慧岳夢中さん
SF在住の僧侶、シェフ、アーティスト、ヒーラー
104.2005年1月28日 吉川マルヒナ陽子さん NYで活躍するベリーダンサー
105.2005年2月10日 トシ・カサイさん
LA在住サウンドエンジニア
106.2005年2月20日 木村基子さん NY在住の『笑っていいとも!』の元プロデューサー
107.2005年3月1日 弦本將裕さん
個性心理學研究所所長(動物占い創始者)
108.2005年3月18日 Sammy Fujimakiさん LA在住の元ギタープレイヤー、ウェブ・デザイナー
109.2005年3月25日 山口憲和さん
LA在住のHRコンサルタント、専門は人事制度設計
110.2005年3月28日 渡辺千賀さん シリコンバレーでコンサルティング会社を起業
111.2005年3月29日 田上 潤さん
シドニー在住の写真家・グラフィックデザイナー
112.2005年4月25日 松田暁博さん シリコンバレーで半導体の設計を手がけるエンジニア
113.2005年5月7日 上野隆博さん
NY在住のソロ・パントマイムダンサー
114.2005年5月15日 Maco Nishidaさん SF在住画家、版画家、ハンドヒーラー
115.2005年5月25日 小澤 智子さん
UCSFで脳腫瘍のリサーチをする脳外科医
116.2005年6月1日 土屋 美佐子さん LA在住の Certified Alexander Technique teacher、Tai Chi、Qi Gong
117.2005年6月8日 本宮陽子さん
NY在住のグラフィックアーティスト/版画家
118.2005年9月7日 戸谷茂山さん アメリカの建設業界でコンストラクション・マネジメントを手がける
119.2005年9月12日 長谷川和美さん
ABAサンノゼスカイロケッツのオーナー
120.2005年10月7日 鶴田育子さん 文筆家/カウンセラー
121.2007年5月31日 松本大輔先生
大山空手 松本道場
122.2007年5月31日 Mika Somaさん LA在住アーティスト
123.2007年6月11日 YOHEI OTSUKAさん
LA在住起業家
124.2007年7月9日 HIDEMIさん NY在住陶芸家
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2004年4月16日にニューヨーク国連本部ビルにて国連職員の為のクラブ(UNSRC Enlightenment Society)の一環として行われた新倉先生の氣のワークショップ

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