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| 文・インタビュー・デザイン:内田 麻衣子 | ||
藤田さんは、小さい頃から音楽好きで、友達のお兄さんが聴くレコードをテープに録音したり、ビートルズ、レッド・ツエッペリン、デイープ・パープルを小学4年生頃から聞き始めていた。その影響でちょっと不良になってしまったそうで、中学1年ぐらいまでほんと悪(わる)だった。おませさん+不良+ギター少年の少年時代を過ごした。スポーツなどが好きでなく、音楽を始めるまで、これといった趣味がなかった。しかし、ギターに目覚めてから全ての観念が変わった。音楽を聴くきっかけを与えてくれた友達のお兄さんがある日ギターを買ってきて、藤田少年がいままで聴いていた曲を練習して弾きはじめた。そこで、早速、自分もギターを買ってもらい練習したが、最初の一年ぐらいは、ベッドによりかかっているだけで全く弾けなかった。でも一旦弾けるようになると止まらなくなり、次から次へと曲をコピーするようになり、それが今までなかった自信へつながった。
少しずつギターが弾けるようになって、憧れたミュージシャンが育った環境などに凄く興味を持つようになり、アルバムのライナーを読んだりするうちに、自然に「アメリカへいつか行くんや!」と決意するようになる。ギターに夢中になったが、現実にプロになることは難しいと子供ながらに感じたので、中学2年から猛勉強しはじめ、高校に入学する。
そのままアメリカ行きの夢を捨てきらずにいたが、大学1年の時に月刊「ジャズライフ」を読んで、バークリー音楽大学の奨学金を取得する際にはデモテープと作文が審査されることを知って、早速デモテープを送った。1曲はソロ・ギターで「Old Folks」というスタンダードの曲だった。この曲は、毎週日曜日にジャズ・ギターの特訓を受けていたジャズ・ギター好きな空手の先生の推薦で選んだ。もう一つ送った曲は、「Feel Like Makin' Love」という曲をファンクにアレンジしてバンドでホーンを入れて録音したもの。この録音は日本で大活躍のベーシストである納浩一さんのバンドを借り、藤田さん自身とても満足いくかっこいい演奏ができた。この2曲を送ると、バークリー音楽大学から合格の通知が来て日本人用の奨学金、直接バークリーからの奨学金、ジョン・アバークロンビージャズ・ギター・アウオードと3つもらった。入学許可が下りるとすぐに日本の大学を辞めて、21歳でボストンに渡る。藤田さんは、卒業後は、地元でライブを続け、1991年「ボストンベストギタリスト、コンペティション」で優勝し、それと同時にバークリー音楽大学からお声がかかり講師の仕事を始め、1998年には助教授になる。また、ご自分のバンド「Tomo Fujita & Blue Funk」を結成して、1996年の初アルバム「Put On Your Funk Face」をリリースし、日本でも毎年夏ツアーを行い、盛んにアメリカと日本をまたにかける音楽活動を行っている。 |
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ボストンを活動を拠点にされている理由は?ボストンへ学生として来たその日から、すぐボストンが好きになりました。ボストンは京都と姉妹都市でもあり、京都のように四季があります。バークリー卒業後にはやはりNYも行きたくなって、少し友達のところへ行ったりしましたが、子供を育てるのに、のびのびとした環境がいいと考えたこともあってボストンの郊外に落ち着きました。また、ボストンのバークリーで教えることと、演奏活動が両立できることですね。また、バークリーには毎セメスター、パット・メセニーなどいっぱい有名なミュージシャンも来るので、ゲイリー・バートンやタイガー大越さんともお友達になれることが出来ました。NYからもLAからもそんなに遠くないしとても便利なところです。1991年ボストンベストギタリスト、コンペティションで優勝当時僕は、バークリーの先生たちとロック/ポップのバンドやっていまして、ボストン中のライヴハウスで毎週ライヴをしていました。ある日、ボーカルの友達でバークリーでも教えているジョン・フィンいうギタリストが89年にボストン・ギターリスト・コンペテションで2位になって、「おまえもやったらどうや?」って誘われ、僕はすぐにジョンに相談して、翌年の90年に期待もせずにデモテープを送ったら、テープ審査にパスし、ライヴハウスで予選が毎週あって、気が付いたらセミ・ファイナルにまで行けて、3位入賞しました。内容はカラオケとかなしの全くのソロで、また時間制限もあったのでいろいろ勉強になりました。出場者はロック系が多かったので、音を歪まして弾きまくる人が多かったのですが、僕は全てクリーンな音で、ファンクから始まって、ジャズになってブルース/ロックになってスラップギターで終わるみたいな(笑)。まあ、サーカスのようなスタイルの嵐でやりました。その時、ジョンは2位でした。3位で景品でタカミネのアコギ、セレスチョンのスピーカー(今も使ってる)とマーシャルのフルスタック、スピーカーのキャビネットとヘッド両方を機材をもらいました。アパート代のために幾つか売りましたけど(笑)。次の年、もう一度だけやろうと頑張ったら今度は優勝しました。次の年から審査員を頼まれたり、周りの人の僕に対する視線が全然違いましたね。人にいわれるまま、頑張って良かったです。また、周囲の人から認められて自信がつきましたね。1995年ボストンでブルース、ファンク、ソウル、ジャズをまぜたオリジナルバンド「Tomo Fujita & Blue Funk」を結成ボストンでは、いろんな演奏活動をしていて、楽器屋さんでギターを教えたり、とにかく寝ている以外は何かやっているという生活をしていました。あるコンペティションに優勝した後に、バークリー音楽大学で夏のセッションのクラスを教えたりして、いつか本格的にバークリーで教えられたらいいなと、仲間に話をしていたら93年に「91年から毎年やっていたギターのセッションの後に教えないか?」とバークリー音楽大学のギターの主任にいわれ教え始めました。これも僕の人生の中で大変嬉しい瞬間で、今だに、その時を思い出すと嬉しいです。渡米8年後に、ブルースやR&Bのバンドの仕事を中心にやっていたのですが、バークリーで教えている同僚とバンドを始めたのが「ブルー・ファンク」なんです。その2年後には、日本での活動も開始しました。イースト・コースト中心で演奏していますが、現在は、ギター、ベース、ドラムのトリオで活動しています。毎年5月に日本に3週間程ツアーも行きます。1998年バークリー音学大学ギター科の助教授になる93年からバークリー音楽大学で教え始めて、バークリーに今まで無かったブルース系の譜面とか使わないフィーリングを重視したアンサンブルや(ステイーヴィー・レイボーン・アンサンブル)ファンク系のクラスなど、毎セメスター僕のレッスンのスロットもすぐにフルになるぐらいになったので5年後にギター科の主任から昇格を勧められて、助教授になりました。不良だった子が、助教授になるとは一度も思わなかったでしょう?(笑)だからよく生徒にはよく「心配するよりも実行する事」、「やる気があって、頑張れば何でも可能や!」、といっています。中学一年生の時に確実にそのままだったら高校にも行けなかった子がギターやったらバークリーの助教授にもなれるんですから。誰でも、それなりの努力をすれば可能性はいっぱいありますよ。教える事は非常に難しいことで数学のように一つの答えがなく全く同じパターンもないです。これは音楽と同じですが、だから生徒のやりたいこと、今までやってきたこと、気持ち、正確、目標を細かく理解して常に変化している生徒に自分も合わせるというか何か感じて、一緒に物を作る感じですね。言葉で表現するのは難しいですが、率直な意見、大切だと感じたことこを伝えるようにしています。また、素質を持っていて、その使い方を知らない人が多いから僕としてはチョイスを教えてあげるようにしています。才能というか、良いものがあるのにそれがうまく応用、使えない人が多いからので、ほんとうにもったいないです。アルバム「Put On Your Funk Face」に関してこのアルバムは、ファンク、ブルース、ジャズ、R&Bを混ぜたグルーヴ、アンサンブル・サウンドを重視した感じでギターのソロ・アルバムよりもバンドのサウンドを強調しています。ファンキーなナンバーが中心ですが何曲かブルースのナンバーもやっています。全てインストなのですが、僕はギターで歌のように表現しているので歌詞がなくても、エモーショナルなフィーリングやトーンで演奏しています。自分自身あまりテクニカルな事や、うまく見せるようには全く興味がなくギターを通して自分の感情が表現できることが目標で、ギターが僕の体の一部のように何も考えないで素直にプレイすることだけ大事にしています。得にギターを弾く人は、”Just Funky"が好きな人が多いですね。日本でリットー・ミュージックから演奏能力開発エクササイズというビデオ/DVD/書籍のシリーズを作ったのでお陰さまで現在も大変好調で、今だに日本からも毎月CDのオーダーも頂き嬉しい限りです。これからも今週分パッキングしないといけないんですが僕の場合、CDにサインしてバークリーで使っている譜面やマテリアルもおまけとしていっぱい送るので、皆さんにも喜んで頂けるのでほんと楽しんでやっています。ジャンル的には何が得意ですか?また好きなジャンルは何ですか?難しい質問です。一つ、これやっ!と言いたいとこなのですが、アース・ウインド&ファイアーやジェームス・ブラウン、ミーターズのようなファンクから、SRVやBBキングのようなブルース、レイ・チャールズやアレサ、S・ワンダーなどの歌もののR&B、ジョー・パス、グラント・グリーンなどのジャズ、もちろんロックも好きです。良いグルーヴする音楽は全部好きです得意なものは、スウイングのジャズ、シャッフルのブルースから16THのファンク、歌のバックも全部得意でやっちゃいます。好きなことは全部やってしまうタイプですね。だからバンドのライヴとかもファンク、ブルース、スタンダードからR&B/ポップスのカバーまでやっています。とにかくギターを歌わすこと、フィーリングで弾く事が得意です。お子さん達のことをうかがってもよろしいでしょうか?もちろんです。子供は3人いまして、上の子が男の子でナサーニエル(10歳)です。スポーツ万能で、またギター弾き始めたので嬉しいです。いつかデュオとかできれば最高です。次は女の子でサマンサ(8歳)で、3歳からずーっと、バレー、ダンスをやっていて毎週3回も練習に行って、夏はリサイタルなどで超忙しいです。最近キーボードも弾くようになりました。一番下がマイケル(3歳)。この子は自分で言うのも何ですが可愛い!僕もいつも仕事を忙しくやっていますが、子供にだけは十分接する時間を作ってみんなでワイワイ楽しくやっています。彼らのためなら何でもできます。3人子供に恵まれほんと幸せです。 |
トモ藤田さんが演奏しているライブハウスなどの情報や、今後の演奏スケジュールを教えていただけますか?ライヴの情報は、僕のホーム・ページで見られます。www.tomofujita.com毎月同じクラブでもやっていて、Acton Jazz Cafeっていうところで、最近はなぜか若いオーデイエンスが増えて毎回この子たちだけで30ー40人ぐらいになるんで凄く楽しいです。だからいつも右側のシートがテイーンの子たちで左のシートがアダルトです。12月11日には、バークリーのパフォーマンス・センターで"Singer Showcase"というバークリーで有力な歌手を集めたコンサートがあります。今回は20回目を記念して僕もゲストで演奏します。他にもブルースシンガーで2000年にグラミーにノミネートされたSusan TedeschiボーカルのLalah Hathawayがゲストです。日本人であるが故のハンディはありますか?逆に日本人であるが故のメリットは?名前(ラスト・ネーム)が覚えにくい?もっと早く”TOMO"だけにしとけば良かったと思います。(笑)それ以外には別にハンディーキャップはないと思います。アメリカのいいところは良いものものには良いとちゃんと評価をしてくれます。だからボストン・ギターリスト・コンペテションも、バークリーで教える事も僕の努力を認めて頂いたんだと思います。また僕の場合、英語と日本語ができるから教則関連の製作プロデュースが、日本でも出来るからアメリカと日本でも仕事ができるので非常に有り難いと思っています。尊敬するアーティストはまずは、CHARさん、名前からして日本人離れして、感覚がアメリカ人的で日本にいながらアメリカで育ったかのように音楽を演奏、活動されているところ。この部分は僕がアメリカに興味を持った理由でもあります。それからとにかくかっこいい(笑)主にロックなのですがうまくファンクやジャズのエッセンスが自然に混ざっているところですね。 2番目には、ラリー・カールトンです。ラリーからは、スタジオ・ミュージシャンになることに憧れました。ロックのベンドやビブラートをジャズのコード進行上に弾くこと、ブルースのニュアンスなど、色んなスタイルの音楽をうまくブレンドさせる部分にもかなり影響を受け、スタイル的にジャズも勉強したくなったし、ブルースもルーツもかなり深く勉強というか追求できたし、ラリーから得たことは、テクニックや知識や練習意外に大切な事を知らせてくれました。それは、不必要に弾かない事、シンプルに弾くことの大切さ、間の使い方、ダイナミックスなどフィーリングの面でかなり影響されました。一音に対する深さが変わりました。 3番目はジョー・パスです。ジャズでピアノのようにソロ・ギターを弾く凄さ、一人で弾いてもバックにバンドが鳴っているような存在感など、ジャズ・ギターの中で一番影響を受けました。ラリー・カールトンが16歳の時にジョーのレッスンを受け、その時ラリーは十分ジャズのハーモニーを理解していなかったのでたぶんジョーからボロカスに言われて(笑)、18歳にやっと正式にレッスンが受けられたそうです。それにも憧れて、僕もジョー・パスにレッスンを受けました。これが実現できたことこそ、これが僕のアメリカン・ドリームでした。ジャズを弾くとジョーのようにビバップのスタイルが自然にきこえてくるようになりました。これもジョーのお陰です。これまでに自分の人生で影響をあたえた方を3名お聞かせくださいはじめに、両親です。僕のやりたい道を行かせてくれたし、特に母は、僕が学ぶためならどんな苦労も惜しまずにやってくれました。子供に対する愛情、真面目で素直な気持ちなど影響されましたね。また。僕の奥さん、結婚当初住んでいた小さなアパートから今までずっと僕のために何でもサポートして、時には厳しく助言もしてくれたし、音楽人生を実現させてくれたパートナーでもあります。これだけ辛抱強く、愛情のある人はいませんね。本当の愛、価値観を教えてくれた凄い人です。言葉で言いきれないぐらい感謝しています。最後に子供達です。音楽を作ったり、演奏をする時も感動できますが、自分の子供ができたこと、毎日いること、お互いに調子の良いとき、悪いときもありますが、いつでもお互いに喜び、助け合って、やる気やいろんなパワーもらっていますね。言葉では表現できないですが、音楽にも良い方向に影響されています。まとめれば家族がハッピーなことが一番大事なんです!音楽を作曲する上でのアイデアはどんどん生まれてくるのでしょうか。それともアイデアに行き詰まったときする事とかありますか?アイデアは、周りのグルーヴを感じられればどんどん出てきます。だから演奏、ライヴが大好きなんです。それプラス各ライヴ会場でそのお客さんを見ながら感じながらやっているとオーデイエンスからもパワーをもらって演奏のほうも発展していきます。演奏する上で常に上で気をつけていることなどありますか?まず常に健康であること。規則正しく食べてよく寝ること。演奏の時は、もう夢中なので、何も考えないです。とにかくその場の演奏を楽しむことに集中するようにしています。またアクシデントがないように何でも余分に用意していますし、いつも早く家を出る事、それから靴をちゃんと磨いておくこと(笑)身なりも大事ですから。初期の作品と今作っている作品のちがいは?初期の作品は、バンド・サウンド、ライヴのサウンドを重視したため一発録りですが今回の録音は、もう少しスタジオ録音として凝ってみようと多少オーヴァー・ダブとかもやっています。アーティストとして成功する方法とはズバリなんでしょうか?ポイントは沢山ありますが、自分のやりたいことをやり抜くことですかね?自分の好きなことで食べる事ができるんですからどんな努力もするしかないです。どんな世界でも最初からスムーズに物事行かないですから、いつも前向きに焦らず少しでいいから前進することですね。人によって何処までが成功が分からないですが、僕にとっては音楽やることに終わりがないから素晴らしいと思います。トモ藤田さんにとって一言で音楽って何ですか?生き甲斐です。アーティストを目指す若い人たちに一言おねがいしますやってみないとどうなるか分からない世界ですが、自分に自信があればやってみる価値があると思います。僕は、自分を信じて人よりも努力をすれば必ず何でも理想に近づけると信じています。でも最近は情報がやたら多いから実行する前からどうなるかとかマニュアル的に考え、心配する人が多いですね。どんどん前向きに自分からチャンスを得るようにして欲しいですね。ですから最初からいきなりたくさん期待しないでとにかく一歩前に出ましょう!実行することです。全く一言では無かったです(笑) | ![]() |
トモ藤田さんの1年後は?10年後は?いつまでも「これやらなっ、あれやらんと・・」と、考えていましたが、今は家族がハッピーで細く長くやっていけたらいいなと思っています。もちろんツアーもアルバム作りも音楽活動も活発にやりたいですが。今現在やっているテープ・レッスンもウェイティング・リストが1年待ちで順調なので教えることもエンジョイしているから教える事とライヴ活動もより両立できることですね。いつもゆっくりやろうと自分に言っていますが、いつも新しいこと求めているのは確かですね。トモ藤田さんの夢は?今現在も家族、教える事、演奏活動に自分のできる範囲でやりたいことが実現できていますから、これらがバランス良く続けら少しずつ発展させられること。いつになっても初心を忘れずに努力すること。いくらビッグになっても基本の大切さはキープしたいですね。音楽活動も含めてやりたいことはいっぱいありますが、まあこれは夢の夢ですが、クラプトンのバックで世界ツアーとかできたら最高ですね。 |
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インタビュー後余談余談ですが、お仕事以外にはどういった時間の過ごし方をするのでしょうか?仕事も趣味も同じなので、別に息抜きではないですが、家の回りの庭掃除とか、料理するのも気分転換に好きですし、子供達と遊ぶことなんか好きですね。釣りも好きですが時間がなくて出来ないです。(笑) 余談ですが、ボストンのおすすめのレストラン ボストンのBoylston Streetにある「牛浜」という、日本食レストランがいいです。ここは何でも美味しいですが、スシ・ランチがお勧めです。827 Boylston St Boston, MA 02116-2619 Phone: (617) 437-0188 |
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