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| デザイン・文・インタビュー:内田 麻衣子 | ||
高校3年生の時、ラグビー部の練習中に下敷きとなり脊髄を損傷し、それ以来車椅子の生活を余儀なくされたき−じーさん。しかし、大学1年の夏休みにカリフォルニア州のパロアルト市での1ヶ月語学学校に通ったとき、車イスであることを忘れて生活していた。障害を感じない社会もあるんだと世界の広さを痛感。それ以来、持ち前の明るい性格を武器に、世界中を旅し始める。大学を卒業後は、広告会社に勤務。その一方、車イスで世界を旅し、50ヶ国以上を訪問。そのほとんどが一人旅。世界のバリアフリー事情に精通し、メディア出演、講演、執筆活動も行う。2002年〜2003年には、カリフォルニア州立大学バークレー校で「障害を持つ学生の受け入れ体制とその組織、米国最新事例」を研究し学会で発表したり、これまでの旅の経験をまとめた「空飛ぶ車イス」という本の出版もしている。大阪人気質の明るさをもったチャレンジャーである。今回は、私達も勇気付けられるような人々との交流や、面白い旅のエピソードもふんだんに交えたインタビューとなった。
小さい頃はどんな子でした?がはは!すごい質問。そんなの初めて聞かれた。幼稚園のとき、駄菓子ばっかり食べていて爪が曲がるぐらい背の小さい貧弱な子でした。アニメ「ポパイ」に憧れ、野菜を食べるようになって元気になりました。小学校になったら、泥んこになって暗くなるまで遊んでくるようにやんちゃに成長しました。キャプテン翼に憧れるサッカー少年で、クラスでチームを作るなどしていました。中学校では、友達と自転車で四国一周するなど冒険好きで、大きくなったら自転車で世界一周するのだと夢みていました。アメリカにきたきっかけ大学1年の夏休みが最初です。英語を話せるようになりたかったので、大学の英語サークルに入りました。しょーもなかったけど、無料で英語習えるから入っていた。(笑) サークルの夏合宿が信州で1週間、英語漬けになるというのがあって、その値段がやたら高かった。そんなのに金使うなら、米国に行ってしまえ!って、その足で大学生協の旅行代理店を訪れた。担当の人が、僕が車イスなのを気にしないで親切に手配してくれた。それが最初の海外経験でもあり、1ヶ月の米国でのホームステイは、とても楽しく、その後、世界旅にハマルようになったんです。今まで旅した50カ国の中で一番気に入った国は?また車椅子で一番過ごしやすかった国や次に行ってみたい国は?一番気に入った国はイタリアです。男も女もセクシーで、食べ物も美味いし、どの街も個性があって面白い。車イスで一番過ごしやすいのは、そりゃバリアフリーがダントツで進んでいる米国、それも気候のいい西海岸ですね。カナダもいいけど冬が寒いからダメ。 次に行ってみたい国は、というか2003年の年末年始に訪れるのだけど、南アフリカ、ナミビア、レソト、スワジランドです。ナミビアは、野生動物の楽園エトーシャー国立公園、何十万頭のアザラシで埋め尽くされる海岸ケープクロス、世界最古の赤いナミブ砂漠と、想像を超えた世界がある。ケープタウンではペンギンさんのボルダ−ズビーチに行ってきます。 |
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世界を旅して、住んでみたい国は?また、生活しやすい国、料理がおいしい国は?1年間住んでいましたが、米国(カリフォルニア州)のバークレーは最高でした。文化的に豊かだし、気候もいいし、自由だし、色んな人が混ぜこぜで共存しているし、ベイエリアはいいところですね。 欲張りなので、住んでみたい国は一つに限定できません、美味しいところどりで、世界中をうろちょろしたい。理想の生活は、地元である大阪を基点に、2月は中南米でカーニバル、初夏は地中海と欧州、秋はベイエリア、冬はロッキーやスイスでスキーを堪能したい。自称作家で旅しながら仕事できないかなぁと思っています。生活しやすいのは、そりゃ日本でしょ!自分が生まれ育ったところが一番!幼なじみの友達もたくさんいるし、でもお金があったら住みやすいのは、なんといっても米国。世界中から金持ちが集まっているもんね。それは障害の持つ人も同じ。中南米やアジア、アフリカなど途上国の障害を持つお金持ちの子息は、自国の教育環境が十分でないので、米国に来ることがほとんど。日本人も同様のことがいえます。日本の大学は、まだまだ障害を持っていたら行きにくい環境なので、学力優秀な人、お金のある人は、米国に来る傾向がありますね。お金さえあれば、バリアフリーな国なので住みやすいから。 料理が美味しい国は、フランス語圏ですね。フランス人の美食に対する意識は流石です。ベルギー、イタリア、トルコ、中国、アルゼンチンも美味しいです。そして日本も忘れてはいけませんね。 米国は、食べ物はめちゃ不味いですね!こんなに経済的に豊かで世界中から物も人も集まっているのに、食文化だけは貧困すぎるというか存在していない。米国に1年住んでいて、美味しいものを食べる喜びを完全に忘れていました。日本に帰ってきて、「あー人生には、美味しいものを食べる喜びがあった!」と思い出した。それぐらいひどい。米国人って、テーブルで食べないで、ソファーで食べたりするでしょ。それに家族みんなで食べないし、冷凍食品か加工食品ばかりだし。味だけでなく雰囲気もない。世界中の人が集まるNY、旧フランス領の首都ニューオリンズのケジャン料理だけは、まともだけど。なんとかならないのかな。米国人は人生の喜びを一つ失っている気がします。 旅先で必ずすることと、必需品などありますか?旅先で必ずする事はは「カミキリ」と「コカ・コーラ」です。お土産もかねて、現地の床屋で髪の毛を切ってきます。そこの国の文化を肌で感じられるし、代金も安いので旅費の節約にもなる。今まで20ヶ国で切ったことあります! あと、瓶コーラを飲んで、その瓶を持ってかえってくること。世界中どこでもコカ・コーラはあるし、瓶は現地リサイクルなので、その現地独自のデザインがあって面白い。部屋に並べてます。必需品は、爪きりです。旅先では、待ち歩きで車イスをこぐことが多いので、爪が伸びていると車椅子に爪を詰めやすい。外国製の爪きりは性能が悪いので、現地調達はしたくない。 |
2002年9月〜2003年8月UCバークレーで「障害を持つ学生への支援体制と組織米国最新事例」についてリサーチし、学会で発表されたことについて。受傷後、リハビリセンターにいたときに、退所後の社会復帰の相談があった。進学校にいたので大学に行くのが当たり前の感覚だった。その旨、ソーシャルカウンセラーに伝えたら、自動的に、車イスで行きやすい大学はここ。就職しやすいのは公務員や資格。それが取れる学部や進路を進められた。ものすごい違和感を感じた。だってそこに私の意思は介在してなかったから。何よりもまず、私が何をしたいのか、その意思が最初じゃないかって。過去の経験からアドバイスとして、モデルルートは明示してもいいけど、順序が逆だと思う。けど、実際に大学受験するとき、国公立大学でも入学を嫌がっているところがあった。あーこれが現実なのかって。ソーシャルカウンセラーのいうことも真実だなって。受験を断ることは差別になるのでしないのだけど、壁があるなって。結局、神戸大学に進んだんですけど、何十年も歴史がある大きな国立大学なのに車イスで入学した初めての学生だったんですよ。ビックリしました。障害があってもなくても、行きたい大学に行けるように!と痛切に思いました。実際に、障害を持つ人が高等教育は受けていないんですよね。初等教育で分離され、統合教育をされず、十分な学力を与えられなかったりするのも原因なんですが、大学を出ても就職が難しいから、大学なんていってどうするの?という声もある。だから、専門的な技術を学ぶ職業訓練校に行くことが普通。単純に学識が広がれば、職業選択の幅は広がるので、いいと思うんだけど。 実際、日本の大学の障害を持つ学生数は、米国の10分の1、50分の1ととても少ない。途方もない差があります。日本の半分の国立大学では、障害を持つ学生数がゼロなんですよ。信じられますか?日本の現状は、以下の3点に集約されてます。
で、米国の大学における「障害を持つ学生への支援体制と組織」を研究することでスポンサーから1年間の生活費をいただき、UCバークレーに研修生として受け入れてもらった。サラリーマン生活に少し休息が欲しく、違うことをしてみたいというのが動機でもあります。幸いにも、勤める会社からは休職が認められました。研究の成果は、学会発表の資料をご覧ください。UCバークレーからも、担当部署の日本語説明資料が公式サイトからリンクされるなど評価を受けました。日本で学会発表もしましたが、米国の最新事例について、その後の問い合わせとかなくて、がっかりしています。障害を持つ人を大学で快適に勉強する環境を整えることに興味がある人は、まだまだ少ない、実感がないのが日本の現状です。 |
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これまでに自分の人生で影響をあたえた方を3名お聞かせください。イタリア人の女性パオラ(表題左上の写真)。最初の海外、米国ホームステイの語学学校のクラスメイトです。 授業中、先生が生徒に意見を求めたり、フリーディスカッションをしたりするとき、日本人はどうしても引っ込み思案になって、口を開けない。そんな雰囲気の中、いつも口火を切ってくれたのはパオラでした。ある授業の最後に時間が余ったときもそうでした。 先生:「時間が余ったので、少し会話をしましょう。あなたが病気で入院しているとします。入院生活は退屈ですよね。そんなとき、隣のベッドにどんな人がいれば、入院生活は楽しくなりますか?」 (日本人生徒:う〜んと考える。そんな空気を読んでかパオラが口を開く) パオラ:「私は、ケビン・コスナーがいればいいと思うわ。彼は格好いいしね。でもね、アインシュタインの方がもっと楽しいわ。 彼は私達の知らないことをいっぱい知っているもの」 その一言で、パオラに惚れてしまった。いつか成長して彼女みたいに格好よくなりたいと思った。次の年、イタリアの彼女の家に強引に訪問したんですけど、あっけなくフラれました。(笑)2人目は、中東ヨルダン、ペトラ遺跡に行くバスターミナルで出会ったオーストラリア人女性のイービー(左写真上)。非常に懐が深くて、車イスの私との道連れ旅も楽しむ余裕があった。その身一つで世界中どこにでも生きていくことが可能な力強い人。単にケチなバックパッカーでもないし、交渉で決して怒ることもない。彼女の周りには常に笑顔があった。人に幸せを与えれる人ってスゴイ。甘えちゃいました。 最後にコロラドに住む米国人男性のマット。山男で、私と同じ車イス。遊びの師匠でもある。スキーの達人で、長い間、コーチをしていた。スポーツ万能で、とにかく格好いい。とってもワイルドで、腹が減ったら飯を食う、酒を飲む、そんな栄養管理でも強靭な体力。スキーを教えてもらったり、一緒にハンドサイクルでロッキー山脈を越えたりしました。 この3人に共通するのは、強い自己を持っていること、自分だけが楽しむのでなく、他人まで楽しませる余裕があること、そして格好いいこと。少しでも近づけたらいいなと思ってますが、とても真似はできないので、自分なりに自分らしく生きていきたいと思います。 |
2001年10月15日発売著書「空飛ぶ車イス」について2000年3月に”Travel for All”という自分のホームページを開設し話題になりました。多くの方が私の情報発信に共感してくれました。その勢いで、読売新聞「旅のノンフィクション大賞」に応募すると、1000点以上の中から佳作に選ばれました。本当は、準大賞(賞金30万円と航空券)を狙ったのですけど。これが自信になった。小さい時、学校で国語の成績だけがいつもとても悪かった。手紙を書いたり、本を読んだりするのは嫌いではないのに、どうもテストで点がとれなかった。学校の勉強なんて糞くらえ!先生の望む回答なんて糞くらえ!と思っていたけど、ようやくそれが実を結んだ。国語の点数なんて、単なる受験のためだってこと。2001年の元旦に、出版することを目標に掲げ、執筆を開始しました。サラリーマンの仕事も忙しいので余裕はなかったのですが、睡眠時間を毎日1時間削って、執筆する時間を作りました。半年かかって書き上げたところで、まずは大手出版社に持ち込み営業をかけようと深夜、封筒にせっせと宛名書きをしていたところに、「ホームページを見た。本を出しませんか?」とある出版社からとメールがきた。すごいタイミング。この出版社には「実は原稿は既にできていきて、他の出版社と交渉中(まだしてないけど)だから、違う内容で2作目として」ということで話は決まりましたが、他の出版社の条件があまりよくなかったので、依頼のあった、書き上げたばかりの原稿を使って、この出版社から出すことにしました。(笑)本の内容は、車イスで世界中を旅したエピソードをまとめたものです。恋あり、笑いあり、涙あり。ただただ痛快に旅を楽しむ若者。何かをするのにためらっている人、ぽっと一歩踏み出す勇気がもらえますよ。そんな本。反響はとても大きく、テレビやラジオに出演したり、新聞や雑誌で紹介される機会が多くなりました。共同通信社(全国の新聞)で「どこにだって行ってやる!車いす世界旅」というタイトルで10回連載もしました。大学を卒業するときに、一番就職したかった会社が共同通信社だったんで、イタリア駐在でサッカーの記事を配信するというのが理想だったんですが、あっけなく落ちたけど、まわり巡って7年後、その共同通信で連載できるなんて因果なものです。アマゾンや紀伊国屋さんで購入できますので、皆さんも「空飛ぶ車イス」を読んでくださいね! |
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「障害というのもひとつの個性だ」についてわかりやすいじゃないですか。車イスって非常にわかりやすい外見的特長だし、身体的特徴でもある。米国じゃ、いろんな人が住んでいて、みんな外見的に文化的に違うから、障害というのも大した差になっていません。肌の色が違うとか、年齢が違うとか、性格が違うとか、その程度なレベル。日本じゃ障害者って保護される人、弱い人ってなって、出来ないことしか見てくれないけど。障害は確かに影響を与えるけど、それよりも本質的なその人の性格が一番、個性に影響すると思います。米国にいる日本人へのメッセージを・・傾向として、米国にいる日本人は二元論(米国と日本の対比)で、世界を語ることが多い。あるいは、米国と日本しか知らないのに、世界を知った風な人が多い。これは米国人にもいえることだけど。世界地図を見たこともないのに、世界は我々が中心だ、守っているのだと考えている。 1年間米国で生活していて驚いたのは、米国にしがみつく日本人の多いこと。永住権取得のために足元をみられた労働扱いをされている人をみたりした。日本で生まれたなら、日本が一番、住むのも労働するのも有利であるけど、わざわざ不利な米国で戦う、そこにこだわる理由がわからない。何か明確な理由があると感じる人が少ない。選択肢は、日本と米国だけではないのにね。欧州もあるし、アジアもある。 なんで?みんな米国にそんなにこだわるのか? |
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米国に住んでいることで、ある種の優越感に浸っていることは否めません。世界で最もいい国だと、他国まで価値観を押しつけている。何が一番かは、それぞれが決めることで他人に強制することはできないのに。 広い住環境、豊富な物、強いドル、確かに世界で最も住みやすいかもしれないけど貧富の差、家族崩壊、虐待、銃問題、環境破壊、行きすぎた競争社会、圧倒的な軍事力、問題が多いのも事実。ただ米国の大きなところとして、その問題も考える力があるのも事実。
あと、競争が厳しい社会だからか、人間関係が希薄、あまり優しくないような気がします。お金で割り切ったり、商売だと割り切ったりしすぎ。個人的な付き合いとかが少なく、なんでもビジネスライクにやりすぎていて、ちょっと温かみに欠けていて利己主義すぎる人が多い気もします。そんな人達が集まった国が米国だともいえるのですけれど。 お金だけが、経済的なことだけが価値ではないと思いますが、米国資本主義のもとでは、やはり儲かってなんぼ、成長してなんぼ、の世界で、経済的な価値観の物差しだけで、豊かさを語ろうとしています。人間の価値、人生の豊かさって、もっと色んな物差しが、あるべきだと思います。まあ経済的に立脚していないと、色んな物差しも持てないともいえるので、金持ち国の贅沢ともいえますが。 米国にいる日本人に一言おねがいします。米国だけが全てでない。世界はもっと広い。夢は?
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インタビュー後余談余談ですが、お仕事以外にはどういった時間の過ごし方をするのでしょうか?ホームページの制作。メール。スポーツ観戦。麻雀。水泳。サイクリング。遊びが大好きなので、いつも次は何をするか?どこに行くか?そればっかり考えています。有給休暇は、ほとんど全てが「旅」に出ています。忙しい方が、頭の回転がよくなるので、常に何かをしています。それが合っているのでしょう。ただし、旅では、素頭になった感覚、いつもと違う自分を楽しみます。本当は「ゆったり」とした時間を楽しみたいのですが、貧乏ひまなし。余裕ないですわ。そして、30代になったので、そろそろ素敵なパートナー、家族も持ちたいと結婚願望を抱いていますが、残念ながら相手がいません。しゅん。頑張ります。 |
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【関連リンク】 きーじーさんにメールを送りたい方は、info@jinaonline.orgまで |
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(取材日 2003年12月18日(木)) きーじーさんどうもありがとうございました。今度アフリカ旅行ということで、ほんときーじーさんはチャレンジャーでかっこいいですっ! 夢は「宇宙に行くこと」 無重力で車イスが要らないからだそうです。そんな日は来るのでしょうか? 楽しみです。 (取材:内田麻衣子) |
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