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| 文・インタビュー:飯田 かすみ | |||
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幼い頃は、とにかく「お転婆で、目立ちたがりで、正義感が強く、周りにうざがられていた」という渋谷さん。ご両親の仕事の都合で、8歳の頃から約4年間東南アジアで過ごし、16歳から大学を卒業するまでの7年間をアメリカで過ごす。アメリカの大学でジャーナリズムを専攻した渋谷さんは、日本へ帰国後Japan Times で約三年間教育に関する記事を担当していた。しかし、段々記事を書いて問題を提起するだけで行動を伴わない「記者」という職業に疑問を持ちはじめる。
そんなある日、小さい頃からいつかは参加してみたいと思っていた「青年海外協力隊」に応募。見事採用となるが、赴任先は希望していたラテンアメリカではなく、西アフリカのガーナであった。アフリカに関する知識はほとんどなくしばらく不安になるものの、海外で人々を助けることに変わりはないと、1999年4月にガーナへと飛び立つ。
ガーナの第一印象渋谷さんの任地は、ガーナの首都アクラからバスで北へ一時間ほどのアゴメダという人口約2000人の村であった。ガーナとアゴメダの第一印象を渋谷さんはこう書いている。
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ゼロからスタートしたガーナでの任務二年間という任期の中で、アゴメダ村における渋谷さんの任務は主に二つあった。一つは村にある既存の職業訓練学校の活性化、そして二つ目は村全体の生活水準の向上である。前任者がいないまったくゼロからのスタートであった。アゴメダでは経済的な理由から、小学校の卒業後に中学校や高校に行けない若者が多く、仕事も少ないこの地域で若者はやる気をなくしていた。渋谷さんが村に行ってみると、昼間からすることがなくブラブラしてエネルギーを持て余している若者がたくさんいたという。海外の様々な機関や団体がばらまく援助金のため援助慣れし、「何もしなくても資金はもらえて当然」という態度であった村民に「やる気」を与えるということが最大の任務であると認識した渋谷さんは、アゴメダやその周辺の村を周り、若者達に将来について計画的に考えることの重要性を訴えはじめる。また、既存の掘っ建て小屋に過ぎない職業訓練校の校舎新築に向けて、資金集めを開始し、電工や木工、また伝統的な織物を織るなどの地元に根づくような職業を訓練するため、そのインストラクター集めに翻弄した。その甲斐あって、2000年には新校舎の建築を開始。学校の建築科、木工科、電工科の先生と生徒が主となり、2001年には立派な新校舎が完成。普通の工事で使うような機械は一切ないので全てが手作業であり、「さすがガーナ人!体力勝負!」と感動したという。渋谷さんの任期は2001年の夏に終了したが、村はその多大なる貢献を表し、過去に二人しか前例のないという、村の「ゴッドマザー」という称号を渋谷さんへ与えた。 西アフリカの教育開発をライフ・ワークに任期の終了が近くなるにつれて、渋谷さんは自分の将来について考えるようになる。「停電のおかげで夜が長く、考える時間だけはたくさんあった」という渋谷さんは、どんどん西アフリカにはまっていく自分に気付き、「西アフリカの教育開発」をライフ・ワークにする事を決意。そのためには、アフリカで英語よりも使用されているフランス語を習得し、教育への知識を更に高めることが必要だと思い立つ。2001年の6月の任期の終了後、渋谷さんは一旦日本へ帰国しNGOで短期間働いてから、2002年の1月よりフランス語圏であるセネガルに短期留学をする。その後2002年の秋よりイギリスの大学院に進み「比較国際教育学」の修士号を取得し、アフリカでも最も貧困であると言われるマリで現在、国際NGOで教育の企画に携わっている。新聞記者の仕事を辞め、海外青年協力隊へ行くことを希望されたきっかけは何ですか?当時日本ではいじめや家庭内暴力や青少年の異常な犯罪が話題になっており、私も教育担当記者としてその取材をしていました。取材をしている内に、「この様な病的な社会になってしまったのは、日本が開発の過程で何か大切な理念・価値観を犠牲にして来てしまったからではないか」と思い始め、その答えを開発途上国で見付けたいと思い、ある日突然協力隊に応募しました。 |
ガーナとマリでのお仕事、生活などを簡単に教えてください 。ガーナでは中学以後の教育がない村に入り、十代の若者に教育機会を提供する為に廃校していた職業訓練校を活性化しました。マリでは学校保健のプロジェクトを担当しており首都バマコの小学校を回り、衛生・保健の知識啓蒙の活動をしています。アフリカに残ってマリでお仕事されることを決めた理由は何ですか? |
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アフリカに関して一番知って欲しいこと、また一番勘違いされていること等があれば教えてください。日本やアメリカなどの先進国で報道される「アフリカ」は貧しさや紛争や未開発さばかりに焦点が当てられますが、実際住んでみると裕福ではなくても平和に幸せに楽しそうに生きている人が一杯います。我々先進国社会がアフリカ社会から学ぶべき事は多いと思うのですが、そういう面が全く知られていないのが残念です。 女性であるが故の苦労話などがあればお聞かせください。 特にないです。確かにセネガルやマリはイスラム教なので、現地の女性達にとってはやりにくい事もあるかとは思いますが、私は外国人で例外扱いされるので、幸いあまり苦労していません。日本人であるが故のメリット、ハンデなどがあればお聞かせ ください。日本の事はこちらではあまり知られていないので、日本とはどの様な国か説明をしなければいけませんが、その分現地人の間で例えばアメリカ人に対して持っている様な先入観がないので、自分次第で受け入れてもらえる、というメリットがあります。これまでに渋谷さんに影響をあたえた方を3名お聞かせく ださい。ネルソン・マンデラ、マザー・テレサ、ガンディー、スンチンリン(孫文の奥さん)です。渋谷さんの10年後は?西アフリカの教育開発に携わり続けていたい。その方法はNGOや国連機関、二国間援助機関、コンサルなど幾つかあるが、その頃までには、その内どの関り方が最も有効かが分って、一番効果的な関り方が出来ているといいな、と思っています。渋谷さんと同じような道を歩みたいと考えている方にアド バイスをおねがいします。アメリカやイギリスで「国際関係論」や「開発学」を学び、国連機関を目指している方に私も在英米中に何人もお会いしました。しかし途上国での御経験がない方・途上国に興味がない方もいらしたので、もし本当に開発に関りたいのならば、まず協力隊やボランティア経験を通して現場経験をされる事をお勧めします。それで現地の人々に愛情が沸いて来たら、どんなに辛い時があっても続けられ、良い仕事が出来ると思います。今後の夢や抱負は何ですか?一杯ありますが、目下の抱負としては今関っている学校保健のプロジェクトを更に包括的にした企画の実現。長期的には、西アフリカの子どもが楽しく学べる教育の場を実現し、彼らの国の開発に貢献出来る事が夢です。 |
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(取材日 2004年1月5日(月)) 筆者の長年に渡る友達で尊敬する女性の一人でもある渋谷さん。いつもポジティブ思考で、考える前に行動してしまうパワフルな女性である。海外での生活が長く、自分の故郷とはどこだろうと悩んでいた時期もあったけれど、西アフリカという多くの人にとって見知らぬ土地で自分らしさを発見し、これからの人生を捧げていく決心に感服です。益々のご活躍を期待してます! (取材:飯田かすみ) |
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