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| 文・インタビュー:内田麻衣子 | ||
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その後は、韓国、タイ、そしてまたインド・ネパールへと、休みの度にバックパックを背負って出掛けました。 日本に帰ってきても、次の旅のことばかり考えて、ひたすらバイトに励む日々でした。様々な国を歩き、文化に触れ、沢山の友に出会うこと、その楽しさに熱中しましたが、それと同時に、世界の矛盾というものに触れる苦しさも得ました。この世の中は余りにも多くの矛盾に満ちていて、不条理でした。飢えに苦しむ子供達がいる国があるかと思えば、飽食の限りをつくしているような国もある。戦争で命を落とす人々がいる同じ時に、別の国では享楽的に人生を送る人々がいる。そのような様々な「現実」に触れたとき、自分は一人の人間として、どのように向き合ったらいいのか解らず、悩み苦しみました。 大学の休みを、めいいっぱい使って海外に旅に出かけ、帰国したら、すぐに日本での現実社会に戻る、というような器用な切り替えが私には出来ずに徹底的に悩みました。一つ旅を重ねる毎に、世界にもう一歩深く踏み込めたという充実感と、更に世界がわからなくなったという混乱を、同時に得ました。大学3年の終わりに、そんな矛盾と、とことん向き合ってみないと自分はここから先に、もう何処にも進めないと思い知りました。 それで、気が済むまで、世界中を回ってみたい、出来るだけ沢山の異文化に触れて、自分自身の生き方について考えたいと思うようになり、大学を退学して期限のない旅に出たのが、1987年12月のことでした。
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スラム生活といっても、その様子は様々で、ダンボールやビニールなどでなんとか雨露をしのげる掘っ立て小屋を作って暮らしている人々もいますし、数十年の歴史がある古いスラムでは、ひとつの都市ともいえる程の規模のものもあります。数字で示せば、「1日1ドル以下で生活をしている、絶対的貧困者」ということになりますが、彼らもまた、それぞれにそのバックグラウンドが異なりますので、「スラム生活」と一括りに出来ない程の多様性があります。ナイロビでは現在、168のスラムがあり、その人口は100万人を超えると言われています。ナイロビの人口の55%がスラム生活者ですが、その人口が占めているの はナイロビ全面積のわずか1%に過ぎないということです。 「どのような助けが必要なのか」というのは、答えるのがとても難しい質問です。そもそも、ケニア政府も貧困対策をスローガンのトップにあげているのにもかかわらず、その改善が遅々として進んでいない程の大問題です。「誰が」「なんのために」「何を対象とした」手助けをするのか、ということでしょう。 何しろ、スラム生活者は、「ないないづくし」の生活をしています。まともな住居がないし、住居があってもトイレがなく、水道・電気さえもない、治安も悪い、病気になってもまともな医療が受けられなく、保険も、社会福祉制度もありますけど、その恩恵を受けられる条件にないんです。また、働きたくても仕事がないから、子供を学校に行かせたくてもお金がない。まともに食べることすら事欠く生活です。栄養状態が悪いから、いつもどこか健康に問題があります。 例えば、まともな住居を大量に建設して、そこにスラム住民を移動させれば、問題が解決するのかといったら、そんな簡単なことではありません。その様な、まともな住居に移動したからといって、突然、仕事が得られるわけでも、この国の経済状態が急激に改善されるわけでもないのですから。そう考えていくと、スラム問題というのは、ひとつの国の問題をすべてその背後に従えているいってもいい程、奥の深い問題です。 更に言わせてもらえば、そもそも、この世界のあまりに巨大化してしまった経済格差の一つの現れでもあるでしょう。ですから、「スラム問題に対して、どのような手助けができるか」と問われたときに、まずは、一人一人の顔を見つめて、その人生の重みを感じて欲しい、と私は言っています。「ないないづくし」のスラム生活者ではあるけれども、彼らは決して、途方に暮れて自暴自棄になり、無気力に呆然としているだけの人々ではありません。仕事がなければ、創意工夫で仕事を作り出そう。学校がないなら、みんなで力を合わせて学校を作ろう。保険がなくても、知人友人でお金を出し合い病人の医療費を捻出しよう。その様にして、その日その日を必死で生き抜いていくための、様々な助け合いの輪や、地道な努力が、スラムのそこここに見られます。(もちろん、そんな善意に満ちた人々ばかりではなく、犯罪に走る人々もいるわけですが、多くの庶民は地道に生きていくためのすさまじい努力を重ねています。)「スラム生活者」とひとくくりにしてしまうと、そんなひとりひとりの顔が見えてこ ない。顔の見えない相手に、どんな有意義な手助けも出来るわけはありません。なのでは、そのことをまずは知って欲しいですね。なぜスラムが生まれたのか?そしてなぜ拡大し続けていっているのか?という背景、そして、実際に彼らが今このときをどのように生き抜いているか?という実情。そして、自分自身の恵まれた暮らしが、もしや、何処かの国の誰かの暮らしを踏みつけた上に成り立っているのではないか?という疑いを、常に持ち続けて、そんな視点から自分自身の生活周辺を見直してみるということは、とても大切であると思います。
この2つの学校は、そもそも、スラムの貧しい住民たちが、自分たちの力で寺子屋を作り、助け合いながら運営していたもので、私が関わるキベラスラムの中にはこのようなインフォーマル・スクールが無数に存在しています。政府が,面倒を見てくれないなら、自分たちで何とかする!という、自助努力によるものです。ですが、スラムとは人口過密地帯ですので、結構高い家賃を払わねば、長屋の一室を得ることは出来ないのです。ですから、このような住民主体の自助努力による活動は、常に、そのスペースを確保する問題が付きまといます。部屋を借りるだけのお金を捻出することは大変困難で、私はこのようなスラム住民の自発的な活動に対し、お金の心配なく活動が続けていけるためのスペースを提供することから始めました。その為にかかる費用を、出来るだけ、豊かな国の人々からの「援助」に頼ることはせずに、スラム住民たちの間で生み出すようなアイディア提供をしています。一つには、廃品回収によるバザーをスラムで開催しています。生活層が高い人々は、生活の中で沢山の不要品が出ますが、それらの物品はスラム生活者にとってはまだまだ使えるものだったりします。それで、私はナイロビの中流層などに呼びかけて廃品回収をして、それらを、5円、10円などの安い金額で、スラムでのバザーで販売します。販売員は、スラム住民のボランティアです。これは想像以上にうまくいき、この収益によって200人の子供たちに給食を出すことができるようになりました。 もう一つは、行商チームを作り、廃品回収した古着や古靴などの物品を「貸し付け」して、販売員が地方などに行商に行って売って、その半分を本人の収入に、もう半分を学校に還元するシステムを作っています。その他、古着からリフォームする洋裁チーム、古ボタンや古ファスナーなどを売る店舗も作り、「無から有を生み出す」心意気で、思いつくことは、何でも実行しています。 その他、現在行っているのは、孤児のための学校の運営、コミュニティ図書館、小規模商売をはじめるための資金の貸し付けと商売相談、職業訓練(洋裁教室)、貧困児童のための給食活動、「助け合いの輪」作りのサークル活動などです。学校の運営のために建設した建物は、地域の公民館のような役割を果たすようになってきて、婦人グループ、青年グループ、HIV/AIDSカウンセリングなど、様々な活動が活発に行われるようになってきました。やはり、人が集まる場所というのは、とても大切なのだと実感しています。
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【関連リンク】 早川千晶さんにメールを送りたい方はinfo@jinaonline.orgまで |
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