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文・インタビュー:内田麻衣子


――小さい頃はどんな子でした?

早川さん 神経過敏な子供で、両親には本当に迷惑をかけてしまったと思います。いろいろとつまらないことを考えすぎて、その思考の中にズボズボとはまりこんで、堂々巡りの泥沼に落ち込んでいく、というような子供でした(笑)。一体何を悩んで何を考えているのか、親にとってはさっぱり解らずに、さぞかし苦労をさせたことだと思います。あのままいっていたら、一体どのような人間になってしまっていたのかと思うと、我ながら冷や汗ものですが、そんな困った子供だった私に人生はじめての転機が訪れたのは、小学校3年生の終わりでした。父の仕事の関係で、ロサンジェルスに引っ越しをしたのです。それからの約5年間をアメリカで過ごしましたが、多感な時期に、あのおおらかなLA気質の中で育つことができたのは、とても幸運だったと思います。多民族が入り混じる暮らしは、その後の私の人生に大きな影響を与えてくれたと思うし、多様性に触れることで自分の思考の幅も広がりました。


――世界放浪の旅に出発、アジア、ヨーロッパ、アフリカ各国行きの旅を思い立ったきっかけは?

早川さん 1985年にインドに行ったことが、初めての旅でした。大学1年生の春休みのことです。何故インドを選んだのかというと、世界の主流のようになってしまっている西洋的な文化や思考とは、まったく異質なものに触れてみたかったからです。大学でも、「インド・パーキスターン語学科」を選び、ウルドゥ語を専攻しました。初めてのインドの旅は、とにかく衝撃的で、目からウロコがボロボロと落ちるような強烈体験でした。私がそれまで当たり前と思っていた社会とは、まったく違うルールや秩序や価値観が存在している世界に触れて、たまらなく興奮し、それからすっかりインド漬けの日々が始まりました。次の休みには、中国のシルクロードからチベット、それからネパール、インドへと、陸路での旅をしましたが、それで決定的にこのような旅にはまり込みました。当時のことを思うと、ほとんど、熱病にかかったかのような、異常なまでの、のめり込みぶりだったと思います。

その後は、韓国、タイ、そしてまたインド・ネパールへと、休みの度にバックパックを背負って出掛けました。 日本に帰ってきても、次の旅のことばかり考えて、ひたすらバイトに励む日々でした。様々な国を歩き、文化に触れ、沢山の友に出会うこと、その楽しさに熱中しましたが、それと同時に、世界の矛盾というものに触れる苦しさも得ました。この世の中は余りにも多くの矛盾に満ちていて、不条理でした。飢えに苦しむ子供達がいる国があるかと思えば、飽食の限りをつくしているような国もある。戦争で命を落とす人々がいる同じ時に、別の国では享楽的に人生を送る人々がいる。そのような様々な「現実」に触れたとき、自分は一人の人間として、どのように向き合ったらいいのか解らず、悩み苦しみました。

大学の休みを、めいいっぱい使って海外に旅に出かけ、帰国したら、すぐに日本での現実社会に戻る、というような器用な切り替えが私には出来ずに徹底的に悩みました。一つ旅を重ねる毎に、世界にもう一歩深く踏み込めたという充実感と、更に世界がわからなくなったという混乱を、同時に得ました。大学3年の終わりに、そんな矛盾と、とことん向き合ってみないと自分はここから先に、もう何処にも進めないと思い知りました。

それで、気が済むまで、世界中を回ってみたい、出来るだけ沢山の異文化に触れて、自分自身の生き方について考えたいと思うようになり、大学を退学して期限のない旅に出たのが、1987年12月のことでした。


1966年8月3日、博多生まれ。東京外語大学インド・パキスタン語学科。1987年世界放浪の旅に出発し、アジア、ヨーロッパ、アフリカ各国を旅した後、1990年にケニア・ナイロビに定住。 ケニアで旅行会社に9年間勤務し、旅の企画や撮影コーディネーターを手掛けた後、1999年にフリーライターになる。 現在は執筆活動のかたわら、ナイロビ最大級のスラム・キベラでのストリートチルドレンのための学校の運営、スラム住民の生活向上プロジェクト、リサイクル運動、大自然体験ツアー、アフリカの面白さを日本に伝えるイベントの企画などを行っている。 WEBサイト「ウペポ〜アフリカの風ネットワーク」発起人。 著書 『アフリカ日和』、 ケニア人の夫とのあいだにできた息子1人、娘1人を持つ2児の母でもある。


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――旅行のルートは?生活費などはどうしたんですか?

早川さん 大阪から船に乗り、上海に渡り、そこから中国を回り、タイ、インドを経由してヨーロッパへ。ヨーロッパはヒッチハイクをしながら寝袋で野宿という(笑)、親が知ったら卒倒しそうな超貧乏旅行でした。ヨーロッパの旅の最後にロンドンに辿り着いた時には、お金はすっかり底をついていましたので、その日のうちに仕事を探し、半年間アルバイトをしました。幽霊が出そうなオンボロアパートに部屋を借りましたが、そのアパートの住民は、貧乏絵描きや、ギターを抱えた流れ者など、ユニークな面々が集まっていて、貧乏ながらも楽しい毎日を過ごしました。

春まで働いて、十分なお金を貯めてから南米に向かおうと計画していたのに、クリスマスの直前にイミグレーションの手入れに遭ってしまって。当時、様々な夢を抱いて不法就労をしていた人々が、次々と捕まっては、国外退去されていました。私も、これは一貫の終わりだと、うなだれつつも、イミグレーションのお役人に一生懸命話をしました。不法就労は違法だと知っていたが、自分はどうしても旅がしたく、その為にお金が必要だったんです。なぜ旅がしたかったかというと、世界中の様々な場所をとことん見て、人間にとって普遍的なこととは何かということを知りたかったからです。そのお役人は、私の話をコワイ顔をしながら、じっと聞いていました。最後に、じーっと私の顔を見たかと思うと、パスポートを机の上にポンと置き、 「2週間あれば、旅の準備が出来るかね?」 と言いました。本当なら、即刻国外退去か強制送還になるべき状況で、私を見逃してくれたのです。お礼を言って立ち去ろうとすると、彼は最後に小さな声で、 「私も、若い時は、そんな旅がしたいと思ったこともあったものだ。遠い昔の話だがね・・・・」 と言いました。 そうやって見逃してくれた彼との約束どおり、私は2週間以内で準備をして、アフリカに旅立ちました。ケニアの首都ナイロビに降り立ってから後は、ケニア、ウガンダ、ザイール、中央アフリカ、チャド、カメルーン、ナイジェリアと、ひたすら西に向かって、サバンナやジャングルや砂漠の中を旅していきました。


――一番最初にケニアに着いたときの印象は?

早川さん 空が広かった。そして、でっかい大地で、人々がもくもくと、生きるための活動をしていた。


――ケニアに定住するようになったきっかけは?

早川さん アフリカの旅は、それまでの何処とも違う、非常に深い感動を私に与えてくれました。それが何であったのか、一言で語るのはとても困難ではありますが、しいて言えば、生命の根源的な力に触れる感動であったと思います。それまでの私の旅は、人間は何故生きているのか?生きて何を目指しているのか?ということを、自分自身や、人間社会に対して問い続けるような旅でした。様々な国を旅して、多様性に触れ、何かが掴めそうでいて、更にわからなくなる、という事の繰り返しで、こんな旅はもしや永遠に終わることがないのではないか?という焦燥感も抱いていました。

ところが、アフリカに来てみると、ここでは、人々が様々な困難な条件の中、びっくりする程の輝きを放ちながらひたすらに「生きて」いました。都市や、砂漠や、ジャングルの中で、人々が「生きる」姿のその迫力に、私は大変な衝撃を受けました。 それまで自分の中でグルグルと堂々巡りを繰り返していた重たい問いのすべてが、一気に吹っ飛ばされるようなインパクトでした。 アフリカの人々は、力強くたくましく、それなのに“しなやか”で、思いっきり情が深くて温かく、そんな彼らのパワーに巻き込まれて、なんとも言えない快感を抱いている自分を発見しました。もちろん、アフリカこそ、世界の中でも最大の不条理を抱える地でもあります。それなのに、ひとりひとりの人間が、こうして放っている絶大な「生きる迫力」とは、一体なんなのか。それまでの、ただ通り過ぎていくだけの旅人としてではなく、この人々ととことん付き合ってみたい、日々ひたすら繰り返される日常の中に私も身を置いて、アフリカの生命力のヒミツを追求してみたい、と思うようになり、アフリカの旅の出発地点だったナイロビに戻り、仕事を探しました。


――ケニア人は日本にどのようなイメージを持っていると思いますか?

早川さん ケニアは驚く程の多様性に満ちた国で、様々な条件のもとに、多種多様な暮らしぶりがあります。だから、「ケニア人は」と一般化して語ることが出来ないと、何事に対しても私は思っています。日本に対して親しみを抱いている人もいれば、ケニアの首都ナイロビですら遠い別世界のように思っている人々もいます。


――ケニアのスラムの生活とはどのようなものですか?またどのような助けが必要だと思われますか?

早川さん ナイロビの人口の半数以上はスラム生活者だと言われていますが、主に、農村での生活が様々な理由で困難になり、活路を見出すために都会に出稼ぎにきた人々です。出稼ぎに来たものの、まともな就職口などほとんどない。なので、あの手この手で仕事を作り出し、なんとかその日暮らしをしのぎながらも、田舎で待つ家族のもとに細々と仕送りを続けている人々が沢山います。

スラム生活といっても、その様子は様々で、ダンボールやビニールなどでなんとか雨露をしのげる掘っ立て小屋を作って暮らしている人々もいますし、数十年の歴史がある古いスラムでは、ひとつの都市ともいえる程の規模のものもあります。数字で示せば、「1日1ドル以下で生活をしている、絶対的貧困者」ということになりますが、彼らもまた、それぞれにそのバックグラウンドが異なりますので、「スラム生活」と一括りに出来ない程の多様性があります。ナイロビでは現在、168のスラムがあり、その人口は100万人を超えると言われています。ナイロビの人口の55%がスラム生活者ですが、その人口が占めているの はナイロビ全面積のわずか1%に過ぎないということです。

「どのような助けが必要なのか」というのは、答えるのがとても難しい質問です。そもそも、ケニア政府も貧困対策をスローガンのトップにあげているのにもかかわらず、その改善が遅々として進んでいない程の大問題です。「誰が」「なんのために」「何を対象とした」手助けをするのか、ということでしょう。

何しろ、スラム生活者は、「ないないづくし」の生活をしています。まともな住居がないし、住居があってもトイレがなく、水道・電気さえもない、治安も悪い、病気になってもまともな医療が受けられなく、保険も、社会福祉制度もありますけど、その恩恵を受けられる条件にないんです。また、働きたくても仕事がないから、子供を学校に行かせたくてもお金がない。まともに食べることすら事欠く生活です。栄養状態が悪いから、いつもどこか健康に問題があります。

例えば、まともな住居を大量に建設して、そこにスラム住民を移動させれば、問題が解決するのかといったら、そんな簡単なことではありません。その様な、まともな住居に移動したからといって、突然、仕事が得られるわけでも、この国の経済状態が急激に改善されるわけでもないのですから。そう考えていくと、スラム問題というのは、ひとつの国の問題をすべてその背後に従えているいってもいい程、奥の深い問題です。

更に言わせてもらえば、そもそも、この世界のあまりに巨大化してしまった経済格差の一つの現れでもあるでしょう。ですから、「スラム問題に対して、どのような手助けができるか」と問われたときに、まずは、一人一人の顔を見つめて、その人生の重みを感じて欲しい、と私は言っています。「ないないづくし」のスラム生活者ではあるけれども、彼らは決して、途方に暮れて自暴自棄になり、無気力に呆然としているだけの人々ではありません。仕事がなければ、創意工夫で仕事を作り出そう。学校がないなら、みんなで力を合わせて学校を作ろう。保険がなくても、知人友人でお金を出し合い病人の医療費を捻出しよう。その様にして、その日その日を必死で生き抜いていくための、様々な助け合いの輪や、地道な努力が、スラムのそこここに見られます。(もちろん、そんな善意に満ちた人々ばかりではなく、犯罪に走る人々もいるわけですが、多くの庶民は地道に生きていくためのすさまじい努力を重ねています。)「スラム生活者」とひとくくりにしてしまうと、そんなひとりひとりの顔が見えてこ ない。顔の見えない相手に、どんな有意義な手助けも出来るわけはありません。なのでは、そのことをまずは知って欲しいですね。なぜスラムが生まれたのか?そしてなぜ拡大し続けていっているのか?という背景、そして、実際に彼らが今このときをどのように生き抜いているか?という実情。そして、自分自身の恵まれた暮らしが、もしや、何処かの国の誰かの暮らしを踏みつけた上に成り立っているのではないか?という疑いを、常に持ち続けて、そんな視点から自分自身の生活周辺を見直してみるということは、とても大切であると思います。


――ケニアの面白さとはどういうところですか?

早川さん ケニアはびっくりする程多面的な国です。数え切れない程の面を持つ球体を想像してみてください。その何処に光が当たっているかで、あなたの目に見えてくるものは違ってきます。ケニアという国の全体像を把握するということは、そんな数え切れない程沢山の面に、次から次に光を当てて、できるだけ沢山の面を見ていって、自分の中のケニア像をどんどん膨らませていくことだと思います。この作業に、私はハマッていると言えるかも(笑)。知れば知る程、ますます知りたくなり、ますます面白くなっていく。ケニアって、そういう国です。


――ケニアのスラムのストリートチルドレンの学校ではどのような活動をされているのですか?

早川さん 1999年に、「Risa Children's Rescue and Rehabilitation Center 」 の校舎を、2001年に、「Mashimoni Good Samaritan School for the Orphans 」 の校舎を、それぞれ建設しました。

この2つの学校は、そもそも、スラムの貧しい住民たちが、自分たちの力で寺子屋を作り、助け合いながら運営していたもので、私が関わるキベラスラムの中にはこのようなインフォーマル・スクールが無数に存在しています。政府が,面倒を見てくれないなら、自分たちで何とかする!という、自助努力によるものです。ですが、スラムとは人口過密地帯ですので、結構高い家賃を払わねば、長屋の一室を得ることは出来ないのです。ですから、このような住民主体の自助努力による活動は、常に、そのスペースを確保する問題が付きまといます。部屋を借りるだけのお金を捻出することは大変困難で、私はこのようなスラム住民の自発的な活動に対し、お金の心配なく活動が続けていけるためのスペースを提供することから始めました。その為にかかる費用を、出来るだけ、豊かな国の人々からの「援助」に頼ることはせずに、スラム住民たちの間で生み出すようなアイディア提供をしています。一つには、廃品回収によるバザーをスラムで開催しています。生活層が高い人々は、生活の中で沢山の不要品が出ますが、それらの物品はスラム生活者にとってはまだまだ使えるものだったりします。それで、私はナイロビの中流層などに呼びかけて廃品回収をして、それらを、5円、10円などの安い金額で、スラムでのバザーで販売します。販売員は、スラム住民のボランティアです。これは想像以上にうまくいき、この収益によって200人の子供たちに給食を出すことができるようになりました。

もう一つは、行商チームを作り、廃品回収した古着や古靴などの物品を「貸し付け」して、販売員が地方などに行商に行って売って、その半分を本人の収入に、もう半分を学校に還元するシステムを作っています。その他、古着からリフォームする洋裁チーム、古ボタンや古ファスナーなどを売る店舗も作り、「無から有を生み出す」心意気で、思いつくことは、何でも実行しています。

その他、現在行っているのは、孤児のための学校の運営、コミュニティ図書館、小規模商売をはじめるための資金の貸し付けと商売相談、職業訓練(洋裁教室)、貧困児童のための給食活動、「助け合いの輪」作りのサークル活動などです。学校の運営のために建設した建物は、地域の公民館のような役割を果たすようになってきて、婦人グループ、青年グループ、HIV/AIDSカウンセリングなど、様々な活動が活発に行われるようになってきました。やはり、人が集まる場所というのは、とても大切なのだと実感しています。


――日本ではどういった活動をなさっていますか?講演会や、チャリティーショーなどに関して詳しくお聞かせ願えますか?

早川さん 年に一回、約一ヵ月半の間で、北海道から沖縄まで日本全国を回って、トークライブを行っています。今年はこの日本ツアーの第9回目になり、9月中旬から11月上旬を予定しています。日本におけるアフリカへの理解を深めたいという気持ちで始めたイベントツアーですが、日本の方々が普段見聞きするアフリカの情報というと、内戦、貧困、飢餓などマイナスイメージが多いと思うので、出来るだけポジティブな方面からアフリカに触れていただきたいと思い、アフリカ音楽の演奏や、アフリカンダンス、美しい自然や豊かな民族文化の紹介など、楽しい企画を組んでいます。そんな中で、アフリカ諸国が直面している問題にも触れ、果ては、共に世界の平和について考えよう、そのための動きを作り出していこう、という流れを促していきます。大きなホールでやるものから、田舎の公民館や小学校などで行うものまで、その規模は大小様々ですが、「今の世の中、なにかおかしいんじゃない?」という疑問を抱いている人々や、「手ごたえのある生き方がしたい!」と願う人々などと、とても活気のある輪が広がり始めています。


――著書 『輝きがある―世界の笑顔に出会う瞬間 』を出版したきっかけは?どんな人 に読んで欲しいですか?この本で写真を撮っていらっしゃる北川 孝次さんとはどういったきっかけで知り合ったのですか?、また北川さんとはどんな方ですか?

早川さん 1999年から共に「世界の笑顔」という企画を行っている大阪の写真家・北川孝次さんとは、共通の友人を介して知り合いました。北川さんが25年前にトラック諸島で出会ったヨットマンの土井ちゃんに、私は15年前にケニアで出会いました。私たちを引き合わせてくれてから約10ヵ月後に、土井ちゃんはこの世を去ってしまいました。すばらしい笑顔で、世界中を放浪し続けた旅人でした。世界の様々な場所で生きる人々、それぞれに、それぞれの背景を持ちながら、泣いたり笑ったり様々なことがある人生だと思いますが、生きている「今」のちょっとした瞬間に、生きているその人の「証し」があると思います。世界中のすべての人々が、とにもかくにも、その命を最大限に輝かせることができる世の中であって欲しい、そんな世の中を作っていかなければならない、という想いをこめて、この小さな本を作りました。現在、世界各地の30ヶ国で「笑顔」を求めて撮影と取材の旅を重ねてきましたが、これからもライフワークとして、多くの人々の笑顔に出会っていきたいと思います。


――著書 『アフリカ日和 (2000年)』を出版したきっかけ?どんな人によんで欲しいですか?

早川さん ケニアの生活周辺で私が日常的に触れてきた様々なエピソードを、一冊の本にまとめてみました。アフリカの面白さや、奥深さに触れていただきたいと思うのと同時に、私自身も、アフリカにさらに深く踏み込み、世の中に伝えていきたいテーマを深めていくための「最初の一歩」となる本であったと思います。


――『ウペポ〜アフリカの風ネットワーク』のホームページを立ち上げたきっかけは?

早川さん 世界平和を願い、より良い社会を作り、より良い生き方をしていきたいと願う人々をつなげていって、何かのムーブメントを生み出すような震源地を作りたい、と思ったのが、「UPEPO〜アフリカの風ネットワーク」を立ち上げたきっかけです。UPEPOとは、スワヒリ語で「風」を意味するのですが、私は広いサバンナを渡る爽やかな風が大好きで、そんな風のように、「この地球が大好きだから私たちは守りたい!」という気持ちを、各地に吹かせることができれば、と願いました。


――どういったサイトにしていきたいですか?

早川さん ちょっとしたきっかけで出会った人々が、活発に意見を交わしたり、触発しあったり、伝えたい情報を告知したり、各自の活動を活性化させられるような場になればと思っています。私自身は、このUPEPOネットワークのメーリングリストとメールマガジンで、スラムでの活動などを随時お伝えしていますが、その他、日本各地や世界各地でいろんな想いを持っている人々が参加してくれていますので、とにかく日々の生活で感じることを何でもぶつけてみてください! ご来訪、お待ちしています。


――日本人にケニアについて知って欲しいことは?

早川さん テレビのバラエティ番組や新聞のニュースで見聞きすることだけが、ケニアの姿ではない、ということを。とにかく、「百聞は一見にしかず」ですから、より多くの人々にアフリカに来てもらいたいですね。


――日本人がケニアについて誤解していることは?

早川さん 日本人は、アフリカの歴史的背景や、現状について、あまりにも知らなさすぎると思うので、「知らないから、知りたい」と思うところから始めれると、すごくいいと思います。「知っている」と思っていることは、もしかしたら、すべて誤解が多いかもしれません。


――何がそこまで早川さんをケニアに惹きつけるのでしょうか?

早川さん ・・・・・何でしょうか? それがわからないから、いつまでも惹きつけられ続けているのかもしれません。


――早川さんにとってケニアとは一言でなんですか?

早川さん 「ああー 私って、生きてる!」と、いつも気付かせてくれる場所!


――早川さんの座右の銘

早川さん 「立ち止まって、耳を澄ます」 私が大好きなアフリカ音楽家・近藤ヒロミさんのCDの中の一曲のタイトルですが(笑) 座右の銘とさせていただきます。猪突猛進になりがちな私ですが、立ち止まって、耳をすまして、深呼吸をしてみることって、大切ですね。


――早川さんの夢は?

早川さん もっともっともっと、自分の内面にあることを、人に伝えられるような表現方法を磨きたいです。そして、自分の内部での蓄積も、続けていきたいと願います。その為に、「旅」はどうしても続けていきたいです!

インタビュー後余談

余談ですが、お仕事以外にはどういった時間の過ごし方をするのでしょうか?趣味、生き抜きの仕方など。
私生活と仕事の区切りがありません(笑)。人生すべてが趣味であり、仕事でもあり、自分のやりたいことだから。
好きな映画ベスト3は?
「2001年宇宙の旅」、「The Shawshank Redemption」と「Shine」です。
余談ですが、ケニアの家庭料理はどういったものですか?
白トウモロコシの粉を湯がいて、力を込めてこねた「ウガリ」。これさえあれば1週間は生き延びられるという庶民の野菜「スクマ・ウィキ(一週間を押す、というスワヒリ語。)」 香ばしいチャパティに、デング豆のシチューも大好物。 ヤギ一頭をつぶして、焚き火で焼いた「ニャマチョマ」。美味しいですよ!
好きな本ベスト3は?
・「ポンのヒッチハイク」。 私が小学1年生のときに、父がくれた本です。実はその内容すら忘れてしまったのですが(笑) このタイトルだけが、鮮明にいつまでも頭の中に残っていました。
・「シッダールタ」 ヘルマン・ヘッセ(著)長い放浪の旅をしていたときに、この本だけはずっと持ち歩いて、繰り返し読みました。
・「南風」 宮内勝典(著) 私のかつての恋人が、「今、この本を読み終わった所だけど、すごかった」と電話で話し、その翌日に彼は不慮の死を遂げました。彼が死の間際に見たものは何だったのかを知りたくて、何度も何度も、読み返した本です。
ケニアのお勧めのスポットを教えてください。
360度荒野のど真ん中に、ふつふつと温泉がわいているマガディ湖(Lake Magadi)。地球の割れ目に、沸いている温泉に浸かっていると、地球の熱さが伝わってきます。
【関連リンク】
早川千晶さんにメールを送りたい方はinfo@jinaonline.orgまで
   JINAから世界で活躍中の”真・国際人”を紹介   ▼バックナンバー▼
1.2002年茂森 政さん障害者の用寄宿舎をバークレーに 2.2003年7月7日中山潤さん本場英国のアロマテラピスト資格を持ちNYで活躍のアロマテラピスト
3.2003年7月12日YUKIKO SATOさんNYでおしゃれなテサゲバッグを販売 4.2003年7月13日藤田理麻さん絵本を持たない国の子供達のために絵本を作って寄付する機関を設立
5.2003年7月19日MAX桐島さんハリウッドで活躍する映画プロデューサー 6.2003年7月26日MICHI YAMATOさんロサンゼルスでヒーロー・アクション・スクール設立
7.2003年7月29日宮崎さおりさんA&PIWCでテストカウンセラーとしてアジア・太平洋諸島コミュニティーに貢献 8.2003年7月27日中村ホームス知子さんLAで活躍するアロマセラピラピスト/フロ−リスト
9.2003年7月26日小野沢昭志さんシアトルで自転車会社Sidetrak,Inc設立,アマゾンへ冒険を続ける 10.2003年8月2日中村健吾さんニューヨークで活躍するジャズベーシスト
11.2003年8月24日丸山 裕子さんロサンゼルスで活躍するジャズピアニスト・作曲・編曲家 12.2003年8月31日Jay Deaiさんロサンジェルスで不動産業に従事
13.2003年8月24日美津子CANNONさんChiQ Healing Artsのセラピストとしてロサンゼルスで活躍 14.2003年8月17日松島めみさんロサンゼルスで指笛奏者として活躍
15.2003年9月8日井上 陽介さんニューヨークで活動するジャズベーシスト 16.2003年9月11日師範 出村文男サンタアナ糸東流空手玄武会総本部会長
17.2003年9月13日鶴亀彰さん在米35年、日米のハイテク企業の国際化を支援する企業をLAで設立、今年新たに世界1周旅行を試みる 18.2003年9月6日飯島真理さんロサンジェルスで活動の音楽家&女優
19.2003年9月18日トーマイタルさんパワーリフティングの元世界チャンピオンで現在セラピストとして活躍 20.2003年9月24日アーク佐野さんロサンゼルスで活躍するジャズピアニスト
21.2003年9月29日加藤典子さん墨絵アーティストとしてアメリカで個展をする 22.2003年9月30日KEIZO TSUKADAさんフィラデリフィアでファーニチャーデザイナーとして活躍
23.2003年10月1日藤森久仁さんロサンジェルスでプログラマーとして活躍 24.2003年10月5日Bill Crowley落語家
25.2003年10月8日藤井郷子さん日本とアメリカで活躍するジャズピアニスト 26.2003年10月15日Christine Rosander ジャズボーカリスト
27.2003年10月18日河合将介さん駐在員を引退後LAでライター、ボランティア活動などセカンドライフをエンジョイ 28.2003年10月19日下浩子さん1999年にONNA.COMを起業し、現在JINAのCEOをつとめる女性起業家
29.2003年10月23日射手園達一さんアメリカで起業する方のための「一旗会」を創設 30.2003年10月30日デイ多佳子さんアメリカで活躍する女性作家
31.2003年11月1日西村昭二さんロサンジェルスで和道流空手道を教える 32.2003年11月4 日外間真清さんハワイ生まれ日系二世の元牧師、夢を抱いて日本からやって来る若者の人情下宿を経営
33.2003年11月9日森 泰人さんスウェーデンで活躍するジャズベーシスト 34.2003年11月10 日ANDY 松田さん寿司学校(Sushi Chef Institute)をLAリトルトーキョーに開校
35.2003年11月11日相原勇さんNY在住の女優・マルチタレント 36.2003年11月13日新倉勝美先生気・呼吸法で癌を治療
37.2003年11月14日堀場 聡夫さんロサンジェルスで音楽の機材を販売する会社を起業 38.2003年11月25 日高田直子さんマリンバ奏者
39.2003年11月27日倉本利夫さん少林寺拳法ハリウッド支部長 40.2003年11月27日羽方美穂子さんニューヨーク美術カレッジに留学中のイラストレーター
41.2003年11月28日やまだ ゆみこさんロサンジェルス在住の漫画家 42.2003年12月16 日トモ藤田さんバークリー音学大学ギター科の助教授
43.2003年12月19日きーじーさん車イスで世界50ヶ国を旅する 44.2003年12月25 日ヨシ天尾さんニューヨークで活動する俳優・武道家
45.2004年1月6日加賀崎雅子さんロサンゼルスの日本語ミニコミ誌「 ブリッジ USA.」編集長 46.2004年1月8日渋谷朋子さん西アフリカで教育関係に携わる
47.2004年1月10日Chieko Yoshimotoさんナース・コンサルタント 48.2004年1月20日 本田 興申さんロサンジェルスで真向法を教えている
49.2004年1月22日SEKUS ROBAのLun*na Menohさんミュージシャン 50.2004年2月9日 RAYKOさんロックバンドDIG JELLY
51.2004年2月10日 菊池好文さんアパレル会社をLAで起業 52.2004年2月12日 MARY ROSEさんコスチュームデザイナー、エミー賞理事メンバー
53.2004年2月13日 野田直人さん国際協力事業団派遣専門家としてセネガルで活躍中 54.2004年2月17日 MINAKO SOMIYA FOTIさん看護婦歴35年
55.2004年2月18日 Sammy Briggsさん倉本先生の元で少林寺拳法拳法を習うLAPDの警察官 56.2004年2月20日 NORIKOさんキーボードリスト&作曲家
57.2004年2月22日 福田YUKIさんナバホインディアンと生活をともにしたこともあり、インディアンと日本の交流に貢献されている 58.2004年2月23日 市川江津子さんシアトルで活躍するアーティスト
59.2004年2月25日 中村佐恵美さんハリウッドで活躍する女優 60.2004年2月26日 伊比 恵子さん元ミス日本、1999年のアカデミー賞の最優秀短編ドキュメンタリー賞受賞、監督
61.2004年3月8日 林 龍介さんパリで巨匠ピーター・リンドバーグの第一アシスタントを務める写真家 62.2004年3月9日 早川千晶さんケニア・ナイロビ在住のライター
63.2004年3月10日 美智子パンピアンさん世界の平和をうたうWorld Peace Project for Children創設者 64.2004年3月16日 マイク伊藤さんブランソンでカントリーミュージック
65.2004年3月17日 片山武彦さんビバリーヒルズで歯科技工士 66.2004年3月20日 溝口弘恵さん作家「ハーレム日記」
67.2004年3月22日 Mike BarretteさんXbox game artist 68.2004年4月7日 Jason YuさんTechnology Instructure
69.2004年4月10日 藤原敏江さんサンフランシスコでダンサー 70.2004年5月4日 神戸俊平さんケニア在住。獣医師・NGOとして、野生動物保護・象牙取引反対運動・環境問題・エイズ問題などに取り組む
71.2004年5月8日 中村かおりさんシアトルでバレリーナ 72.2004年5月12日 キウイア悦美さん日本にいながらケニャ・タンザニアに二十数年通い、WEBサイトを運営
73.2004年5月13日 知香子パワーズさんハワイ在住、コーディネーター、ダイビングインストラクター、ボディセラピスト 74.2004年5月15日 新間美也さん調香師として日本とパリを往復する
75.2004年5月16日 大川ミセさんパリ在住のOL作家 76.2004年5月24日 藤井仁美さんイギリスに住む日本人獣医であり、ペットの行動カウンセラー
77.2004年5月25日 Tony Cortina倉本先生の元で少林寺拳法拳法を習うSWAT 78.2004年5月26日 三浦たつこ さんLA在住のクロスカルチャーコンサルタント
79.2004年5月28日 永松真紀さん年間300日以上は世界中を旅しているケニア在住、添乗員ツアーコーディネーター 80.2004年6月1日 高松良幸さんロサンジェルスで弁護士として活躍
81.2004年6月7日 Yoshiko McFarlandさんサンフランシスコ在住で地球語を広めている 82.2004年6月9日 斎藤幸喜さんCA、NY、日本で公認会計士の資格を持ち、会計事務所を起業
83.2004年6月12日 飯盛敦博さんシンガポールで起業、SOHOアジアを設立 84.2004年6月27日 入江健二さんリトルトーキョー入江診療所
85.2004年7月16日 Michael Mullins倉本先生の元で少林寺拳法拳法を習うLAPD 86.2004年7月20日 幸泉久子さん医学博士
87.2004年7月21日 JOEY CARBONE多くのJPOPを手がけるプロデューサー、作曲家 88.2004年7月30日 二城永子さんハリウッドで活躍するモデル・女優
89.2004年8月11日 すずきじゅんいちさん映画監督 90.2004年8月19日 Michelle Hartさん日本に10年すんでいたハリウッドで活躍する作曲家・プロデューサー
91.2004年8月24日 大見和宏さんUCLAで活躍されている研究者 92.2004年8月27日 大森憲治さんタンザニアのレンジャーに留学ツアーガイドや撮影コーディネーター、キリマンジャロ登山ガイド
93.2004年9月9日 Yoshi OkamotoさんメルローズでHIPHOPのお店を経営 94.2004年9月22日 水野 穣さんロサンゼルスで商社勤めから思い切って起業、そして成功
95.2004年9月25日 柴田武次さん教育者そして画家 96.2004年10月8日 キャズ・カワゾエさん作家・技術通訳
97.2004年10月10日 トシコ・ムトー さん
LA在住の漫画家で「小さな恋人」の作者
98.2004年11月9日 渡辺啓子さんNY在住画家&画廊オーナー
99.2004年11月19日 鈴木弘子 さん
日本人初、プロアメリカンフットボール選手
100.2004年11月24日 富田早苗さん3年連続オークランドのNBA、ゴールデン・ステイト・ウォリアーズのダンスチーム
101.2004年11月30日 愛場美和さん
LA在住女性起業家
102.2004年12月13日 古見直子さんNYでアニメ業界のマーケティングリサーチ
103.2004年12月24日 慧岳夢中さん
SF在住の僧侶、シェフ、アーティスト、ヒーラー
104.2005年1月28日 吉川マルヒナ陽子さん NYで活躍するベリーダンサー
105.2005年2月10日 トシ・カサイさん
LA在住サウンドエンジニア
106.2005年2月20日 木村基子さん NY在住の『笑っていいとも!』の元プロデューサー
107.2005年3月1日 弦本將裕さん
個性心理學研究所所長(動物占い創始者)
108.2005年3月18日 Sammy Fujimakiさん LA在住の元ギタープレイヤー、ウェブ・デザイナー
109.2005年3月25日 山口憲和さん
LA在住のHRコンサルタント、専門は人事制度設計
110.2005年3月28日 渡辺千賀さん シリコンバレーでコンサルティング会社を起業
111.2005年3月29日 田上 潤さん
シドニー在住の写真家・グラフィックデザイナー
112.2005年4月25日 松田暁博さん シリコンバレーで半導体の設計を手がけるエンジニア
113.2005年5月7日 上野隆博さん
NY在住のソロ・パントマイムダンサー
114.2005年5月15日 Maco Nishidaさん SF在住画家、版画家、ハンドヒーラー
115.2005年5月25日 小澤 智子さん
UCSFで脳腫瘍のリサーチをする脳外科医
116.2005年6月1日 土屋 美佐子さん LA在住の Certified Alexander Technique teacher、Tai Chi、Qi Gong
117.2005年6月8日 本宮陽子さん
NY在住のグラフィックアーティスト/版画家
118.2005年9月7日 戸谷茂山さん アメリカの建設業界でコンストラクション・マネジメントを手がける
119.2005年9月12日 長谷川和美さん
ABAサンノゼスカイロケッツのオーナー
120.2005年10月7日 鶴田育子さん 文筆家/カウンセラー
121.2007年5月31日 松本大輔先生
大山空手 松本道場
122.2007年5月31日 Mika Somaさん LA在住アーティスト
123.2007年6月11日 YOHEI OTSUKAさん
LA在住起業家
124.2007年7月9日 HIDEMIさん NY在住陶芸家
   知られざる偉人
朝鮮戦争の中1万人の傷ついた戦争孤児たちを救援した一兵卒・・ジョージF.ドレイク博士
   JINAから企業ニュース
パワフルなアマゾンの薬草ウンニャ・デ・ガト・・信じられないほどの即効力
ウンニャ・デ・ガト関連記事(The Bellingham Herald )NEW
   ●特集●氣・呼吸法でヒーリング  新倉勝美先生
2004年4月16日にニューヨーク国連本部ビルにて国連職員の為のクラブ(UNSRC Enlightenment Society)の一環として行われた新倉先生の氣のワークショップ

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